境界線
月に四度か五度、私たちは杯を交わす。それは八葉としての役目を終えた後も変わらない習慣。他愛のないことを話したり、何も話さずただ杯を傾けるだけだったり。
「………………」
そのうちの何度かは、その後共に朝を迎えたり。
「………………」
そしてさらにそのうちの何度かは、こうして鷹通に組み敷かれる。
「ともまさどの」
私の腹の上に跨り、両手を胸の上について私を見下ろしながら拙い口調で名を呼ぶ。未だ互いの体は邪魔な布が遮っているが、それもしばらくのうちに取り除かれるだろう。
「ともまさどの」
強いとは言え、度を過ぎれば酔うのは当たり前。いつもの凛とした視線はそこになく、それに取って代わった瞳は今にも融け落ちてしまいそうだ。
ゆっくりと私の襟元をくつろげ、少し覗いた肌に手のひらを合わせてため息を付く。酒に捕らわれた身体は、私の体温が少々低いことを差し引いても充分に熱い。
「ともまさどのは、冷たくてきもちがいいです」
「君は熱いね」
鷹通は身をかがめて私に口付けようとした。手が胸に乗せられたままなので些か苦しいが、されるがままに口を開いた。歯がぶつかるほど近づいたり、舌を伸ばさなければ届かないほど遠ざかったり。不安定に揺れ動く頭をどうしようかと思ったけれど、そのまま放っておいた。
「んっ、………ふ、ん………」
揺れた拍子に鼻まで舐められて思わず笑った。
鷹通も笑い返した。
「時々不安なんですけど、でも良いんです。今ここに貴方がいるならそれで良いんです」
「ずっといる、といっても君は疑うのだろう?」
「先のことはわかりませんから」
「君も変わる?」
「かもしれません」
あっさりとそういう彼が好きだ。
「この、皮膚が邪魔です」
撫でるように胸の上を這っていた手に、体重が乗せられる。
「沈めばいいのに」
酔っているからか、それとも本気だからか。骨がきしんだ音がした。
「このまま沈んで貴方と一つになってしまえばいいのに」
「ダメだよ。このまま私を押し潰して身体を貫いても、君と私は一つにならない」
「わかってます。貴方を食べても一つにはなれない」
そういうわりには力を緩めない。どちらかじゃない。両方だ。酔っている上に本気だ。
「私は君といたいから、一つになったらとても困るよ」
「……………」
「もう君と会えないのは困るよ」
「………私も困ります」
胸にかかっていた重さがゆっくりと除かれていく。骨が痛い。
「見えない未来は置いておこう。今、私の一番傍に居るのは鷹通だよ」
「はい」
覆いかぶさった鷹通に軽く口付け、その滑らかな髪を梳きながらあやすように背中を軽く叩く。鷹通は、少しだけ大人しく私の上に寝ていたが、暫くして喉に舌を這わせた。
「積極的だね」
「明日は、どうしましょうか」
私の言葉に返事はせず、鷹通はゆっくりと下へずれていく。邪魔な眼鏡を取り外すと、彼は焦点を合わせるように目を細めた。
「庭を見ながらひなたぼっこをしよう」
「そうですね」
顔を上げて庭を見やって、鷹通は頷いた。
「………貴方のサボり癖がうつりましたよ」
「おやおや、ひどいことを言う」
「大好きです」
顔を両手で挟んで、彼は私を覗き込んだ。
「愛してます」
あっさりと軽く聞こえた台詞が、私の中に重く積もる。
心配しなくても私はこんなに融けている。君が言うその台詞が、あんなに硬かった私を簡単に溶かす。きっと君は、いつか私を取り込めるよ。
覗き込んだ鷹通の瞳に、先程までの狂気がまだ残っているのが見えた。
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