crutch
真夜中に目が覚めた。いつも通りだ。いつもの夢だ。最近は余り見なかったけれど、仕方が無いじゃないか。昨日また引き金を引いたんだから。そうだ。仕方が無い。顔を洗って寝なおそう。
水瓶から桶にいっぱい水を入れて、そこに頭を突っ込んだ。
もうすぐ冬だ。水が冷たい。
息を止めて、冷たい水の中で目を閉じる。そのままじっとしていれば、息が段々と出来なくなってくる。当たり前だ。水の中だから。俺はオオサンショウウオじゃないし。あと少し、あと少しと我慢していたら、目の前が真っ赤になって、見慣れたあの人がそこに笑っていた。
桶から顔を上げて忙しなく呼吸をした。ズキズキとこめかみが激しく痛む。手も足も、身体全体が震えている。こんなにも恐怖なのかと人事のように思いながら、戻るのは震えがおさまってからにしようと、濡れた顔を拭うこともせずに近くの柱に身体を預けて座り込んだ。膝を抱え、月の出ていない外を見る。その綺麗な光に触れることすら許されないのか、でもまぁ己の身を顧みればそれも致し方ないかと一人で笑う。
何をしようとも穢れた身なのだ。手遅れなんだ。死ぬこともできない。逆らうこともできない。源氏になりきれる訳もなく、ましてや平家に戻れるはずもない。武士であることも陰陽師であることも全てどっちつかず。
「ほんっとに中途半端………」
「何がです?」
全く。何でこの子はこういう時に起きてくるんだろう。
声のした方を振り返れば、手ぬぐいを差し出している譲君がいた。
「風邪ひきますよ、そんな事して。朔に怒られますよ?」
「うん、そうだね」
そう言いつつ、その手ぬぐいを受け取ることができずにいると、譲くんは溜息を一つ吐いて俺の頭を拭き始めた。まさか触れてくるとは思わなくて、思い切りその手を払った。
「わっ…わっ………と」
払われた拍子に落ちかけた手ぬぐいを、地に落ちる前に譲君の手が掴む。
「俺にされるのが嫌なら自分でやって下さい」
目の前に突き出された手ぬぐいは受け取らざるを得ず、ゆっくりと濡れた頭を拭いた。
譲君は俺の隣に立っていて、俺と一緒に外を見ていた。
「まだここにいるんですか?」
「……うん」
「そうですか……俺、寝ますね」
「……うん」
彼は一度身体の向きを変えてから、もう一度向きを変え、つまりはその場で一回転した。
「どうしたの?」
譲君は何も言わずに俺の隣に座り、何を思ったか手を握った。
「えっ!」
「眠れない時には人の体温がいいんですよ。違いました?」
違う。そうじゃない。それはそうだけどそうじゃない。いきなりのことで頭が混乱して、凄い情けない顔をしたんだと思う。譲君が心配そうに覗き込んできた。
「嫌ですか?」
「違うそうじゃないんだ。そうじゃないんだけど触らないで」
「どっちなんだかはっきりしてください」
「そうなんだけど……触って欲しくないんだ。でも嫌じゃないんだ」
「だから結局どっちなんですか」
どっちも嫌だ。
君が離れることも、君に触れられることも。どっちも嫌だ。どっちも嫌だ。
悩んだ時間は短かったかもしれないし長かったかもしれない。ほんの少しだけ、動かしたかどうかわからないくらいに指を動かして彼の手を握り返した。握ったとはとても言えないけれど。
そうしたら彼は痛いくらいに握ってきてくれた。
月が出ていなくて良かった。きっと俺は泣いている。
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