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 小船に取り付けられた扇。平家側からの挑戦状。
「受けざるを得ないね」
 それは、武士としてやらねばならぬこと。そして受けるからには確実に射落とさないといけない。
「俺がやります」
「…………譲くん……」
「絶対とは言い切れませんが、師の名にかけて射落として見せます」
「そうか、やってくれるか!」
 九郎の嬉しそうな声を聞きながら、俺は得体の知れない何かを感じた。
 譲くんのこんな顔は知らない。先程忠盛殿と刃を交えた時、彼は何かを迷いそして決断したようだった。こんな顔の彼は知らないが、こんな顔をしていた人々を、俺は知っている。
 あれは死を覚悟した人間の眼だ。


「夢見が悪くて」
 いつだかそう言っていた。
「俺が持っていた石が?」
 そして彼は星の一族。
「力が現れて先輩の役に立てればいいんですけど」
 未来を見る力がもし彼にあったら。


 簡単じゃないか。
 彼は、自分が死ぬ夢を見たんだ。


 光が浜に着いたとき、俺が叫んだのは自分の片割れの名だった。





「な、……なんっで…………」
 彼を抱き起こそうと背に回した俺の腕に、今まで散々浴びてきた血がついた。何度嗅いでも慣れることのない血の臭いは、更にその臭いを増し俺の鼻を突いた。
「…………せん、ぱいは?」
 途切れがちな呼吸の中、かすれた声が聞こえる。
「大丈夫、っだけど……」
「そうですか……」
「でも、何故こんなっ!」
「いいんですよ……俺が、見た夢の通り、だから」
 そう言って、安堵したかのように息をついた。それが気に食わなくて俺は腕に力を込めた。
「なんで何も言ってくれなかったんだ!!」
「ごめ……なさぃ……でも、きっと貴方は、抱え込、む、から」
 そっと右手を持ち上げ、弓懸けに隠れていない薬指と小指で知らずに伝った涙を拭われた。それからそっと俺の頭をなで、ゆっくりと笑った。
「子ども扱いを、しないで欲しいよ……」
「じゃあ、泣かない、で、下さい」
 言葉が喉に詰まって出なかった。時間がないのは一目瞭然で、それは良くわかっていて、信じたくはないけどとりあえず何か喋らなければと思っているのに、何も声が出てこない。
「せ……、ぱいを、守れればそれで、良かったと、思ったけど」
「……ん……ぅん」
「それで、悔いなんて、残ら、……いとおもったけど」
「……ゆっ…………」
 硝子の向こうにある瞳に涙が溜まって、一筋だけ、流れた。
「やっぱり、死にたくない……な…………」
「死なないから……君は死なないから!」
「貴方を、置いて…………こんな、おおき、な……こ……おい、て」
 瞼が下りて。手から力が抜けて。手にかかる重みが増して。血はまだ流れ続けて。





 神子は白龍の逆鱗の力を使い、光とともに消えた。
 過去のどこかに戻って、譲くんが死なない時空を作りに消えた。
 でも、そこに俺が行ける訳もなくて。
 俺は、あの砂浜で冷たい骸を抱くだけだ。

 体もでかけりゃ、考え方も大人びてて。
 でも、彼は大人じゃなくて。
 時に顔を出す子どもの無邪気さとか、残酷さとか。
 そんなのが好きだっただなんてもう遅い。
「君も子どもじゃないか。最後に泣いちゃってさ」
 どこかの時空には、きっとあの場面を乗り越えた君がいるんだろう。
「それに俺は子どもじゃないし」
 どこかの時空には、そこに辿り着く事もなく死んだ俺がいるんだろう。
「ホント、なに死んでるんだよ、かってにさ」
 でもこの時空での運命はもう決まった。
「子どもだっていうなら、最後まで面倒見ていきなよ」
 俺は時空を越えられないから。


 此処で時間を止めるしかないんだ。