囲まれた。
 とは言ってもそんなに大人数ではない。
 たった三人だ。
 囲むというには多少隙間が多すぎる。
 だが囲まれたほうは一人。
 やたらと腕が立つわけでもなく、贔屓目に見ても明らかに不利だ。
「誰の差し金ですか」
 答えを期待するでもなく問えば、やはり沈黙が返ってきた。怨まれる覚えは残念ながらいくつかあるので大方そこからだろうと見当をつける。
 場所は浜。このまま殺されれば、海賊に罪を着せられるかもしれない。そんな算段まであったのかは知らない。そのまま四人は砂浜をじりじりと移動してゆく。
 三人が少しずつ間合いを狭めていくが、仕掛けたのは囲まれた一人。よもや相手から来るとは思っていなかったのか、自分の方へ来た鼠に対し剣を抜くのが一瞬遅れた。柄にかかっていた手を自らの柄で叩き落し、そのまま柄の先で相手の鳩尾を突く。剣を鞘から抜き、体制を崩した男を切り捨てた。
「っ!」
 崩れかかる男の後ろへ回り、背後から襲い来た二人へ向けてその体を蹴飛ばす。まともに食らって倒れ込んだ男を、蹴飛ばした男ごと串刺しにする。一応心の臓を狙いはしたが、それを確認する暇はない。残った一人が刀を振り下ろすのを、砂に転がった相手の刀を拾いながら何とかかわす。
「つっ…………」
 だが、その右腕に肩から肘にかけて一本の赤い筋が入る。
 対峙した男がゆっくりと間合いを詰め、次の瞬間一気に飛び込んできた。上から振り下ろされた刀を、手にした刀でまともに受けた。力で押し切ろうとする相手に、力で押し返す。右腕の痛みでそう長くは持つまいから、早いうちに受け流すか何かをして相手を崩さねばならない。その機会をうかがっていた時に、場違いな声が聞こえた。
「助けてあげようか」
「…………是非お願いします」
「素直だね、いつもと違って」
「こんな状況ですからね」
 姿の見えない男と会話をしていることに焦ったのか、男が更に力を込めた。右が限界でそのまま後ろへ押し倒される。男も上に覆いかぶさってくるが、その前に首に紐が巻かれた。 倒れこむことを許されず強制的に引き上げられる。その際喉に紐が食い込み、男は大いにもがいた。
「大丈夫かい?」
「何とか」
 仰向けになったまましばらく動かずにいた。右腕が痛い。重い物が落ちる音がして、男が絶命したのを知る。差し出された右手を、左手でつかみ何とか体を起こした。少し離れたところに男の死体。更に離れたところを見れば、上に載っていた死体をどかし下の男が這い出しているところだった。急所は外していたらしい。
「いいの? 逃げるよ」
「いいですよ。どうせ戻ったところで何も出来ない」
 殺す対象がこうして生きている訳だし、明日には顔を合わせるのだ。とりあえず暫くは放っておいて平気だろう。
「……ま、貴方に対する目は多少厳しくなるでしょうけどね」
「ふむ。それは困るな」
 そう言って落ちていた刀を拾い上げ、這いずって遠ざかる男の側へ行くと遠慮なくその首に刺した。
「君に会い難くなるのはいただけない」
「…………なんとも、情けない事ですよ」
 自分の立場は首の皮一枚だと、気付かされる瞬間だ。敵が多いのは分かっている。味方はほぼこの男だけしかいないのも分かっている。それが悔しい。
「もう少し時間をかければ君の立場も変わるさ」
「時間の流れは私にはどうしようもありませんからね。歯痒いだけだ」
 立ち上がって服についた砂を払い落とす。右腕がぬめって気持ちが悪かった。
「さて、君の右手を手当てしよう。そして」
「……何考えてるんですか」
 首筋を舐められ身をすくめる。
「いいじゃない。助けただろう? それに生き残ったって事を実感しなければね」
 そこで、ようやく自分の手が震えていることを理解した。





 右腕に巻かれた白い布。一部が少し赤くなっている。
「終わったら取り替えよう」
「最初からしなければいいじゃないですか」
「といいながら、結構乗り気だよね」
 煩い口は塞ぐに限る。入り込む生暖かい舌に自分の舌を絡めて、そこから響く水音に耳を傾ける。
「ふっ、……ん」
 そのままゆっくりと、押し倒されるというよりは横たえられた。
「優しいんですね」
「まぁ、怪我人だし?」
 翡翠は再び口付けた後、ゆっくりと下へと体を移す。顎を伝って首筋を舐め鎖骨を噛み。舐められた後がひんやりと冷たい。指で立ち上げた乳首を噛まれれば、それを感覚が拾い上げる。
「っ………ん……」
 軽く息が上がった頃に、ようやく翡翠はそこを離れ腹筋を伝い臍を舐めた。
「意外に良い体をしているよね」
「それは…っどうも」
「腕も良いし」
 取られた右手は思っていたよりも冷えていて、翡翠の体温が熱いくらいだった。
 指を、咥えられる。熱がそこから腕に広がる。
 不意に激しくなる心臓に、頭の中で血が巡る音だけが聞こえた。横になっているはずなのに平衡感覚がなくなり、天井が回る。呼吸が苦しくて、左手で胸に爪を立てた。目の前に翡翠の顔が現れ何かを言うが、何を言っているのかは全く聞こえない。両手で頬を挟まれ更に何かを言う翡翠を見て、自分が呼吸をしていないことにようやく気付く。喉に何かが詰まったような感じを何とか通り越し、流れ込んできた空気に激しく咳き込んだ。
「大丈夫だよ幸鷹。君は生きているから」
 流れた涙を拭って翡翠が言う。
「殺させやなんかしないよ」
 絡めた指から熱が広がる。
「君を殺させやしない」
「………貴方の楽しみがなくなるから?」
「そうやって笑っていなさい」
 差し出された指を奥まで咥える。指の間まで舌を絡めて唾液を乗せた。
「……んっ」
 最初はいつまで経っても慣れない。不快感ばかり先にたってそれを吐き出そうとする。そのうち動き出す指にそんなことは忘れるのだけれど。
「ん、ぁっ………あ、あ、んっ」
 後ろを弄られているうちに、浅ましくも自身が立ち上がってくるのを感じる。早く次が欲しくて翡翠を見る。翡翠は笑って指を抜いた。彼が取り出したそれはすでに屹立していて、思わず視線をそらす。
「これが欲しいのだろう?」
 その台詞に言い返す前に、彼は楔を打ち込んだ。
「…った! 急すぎっ……」
 いくら指で多少慣れたとは言え、もう少しゆっくり来て欲しかった。
「っ……生きてるよ。君は生きている」
 握った手に力を込めて、そう優しく耳元で囁くから。左手で顔を覆い息をついた。
「…………あー、もう……体温高すぎですよ」
「君も高くなるよ」
 そう言って動き出す。最初が終われば、あとは馴染んだそれが的確に点を突いて頂上へと押し上げる。勢い良く抜き挿しを繰り返すそれに、遠慮なく声を上げる。
「ふぁ、あ、はっ、あ、あ、あ」
 繋いだ左手はそのままに、右手で私を扱きながら器用に腰を使う。そのため、ともすれば浅くなりそうな繋がりを深めるよう彼に足を絡めた。
 こんな時でしか泣けない自分を時に恨み、こんな時に何故か優しい翡翠を嬉しく思う。だがそんな思考も、昇るためだけの一直線の快感に剥ぎ取られていく。
 死の匂いはもはや消えて、いつもの潮の香りがすることに満足し、その高い体温を思い切り抱きしめ湿った空気を肺一杯に吸い込んだ。