りり
鷹通が仕事を休んだ。
熱が出たらしい。
働きすぎだろうな、きっと。
「鷹通様」
「何処に居られますか?」
「鷹通様!」
「たか………、これは、橘少将様」
ようやく気付いてもらえた。
「どうかしたの?」
「それが、鷹通様のお姿が何処にも………」
「どういうことだい?」
「きっと、どこかの木の上に登っておられるのです」
は? 今何と言った?
「木の上とは………」
「木の上でございます。昔よく、我らの目を盗んで登られていたのです」
「………想像も出来ないな」
「見た目によらず、やんちゃな方でした」
全く、というように女房がため息をつく。
「私も手伝おうか?」
「そうしていただけると助かります。ささ、どうぞこちらへ」
木の上とは言うが、この屋敷にそんなに高い木があっただろうか。
ゆっくりと庭を歩きながら考えて、池の畔の一本の木で立ち止まった。
風に揺れる水面に、狩衣の青年。
穏やかに、遠くの景色を眺めている。
「…………鷹通」
「友雅殿」
さして驚きもせず、鷹通は笑った。
いつもより柔らかな笑みは、熱のせいだろうか?
「女房達が探し回っていたよ?」
「ここ、気持ちが良いんですよ」
「熱は下がったの?」
「もうほとんど」
「そういう時ほど用心をしなければいけないのだよ?」
「えぇ、そうですね。次からは気をつけます」
くすくす笑いながら言った。
もとより、こちらも咎めるつもりはない。
「友雅殿もどうですか?」
「生憎と、木登りは苦手なんだ。またいつか、教えておくれ」
「ええ、是非」
「それじゃ、そろそろ降りておいで。流石に、彼女達が気の毒だからね」
「わかりました」
そう言ってあちこちの枝に足をかけ手をかけ降りてくる。
と思ったら、私の頭ほどから飛び降りた。
袖に風を含ませ。
髪を風になびかせ。
身体に風を纏わせ。
「綺麗……」
「はい?」
「綺麗と言ったのだよ」
「ありがとうございます」
にこりと笑う。
そんな彼の真正面に立って。
がしっと、抱き上げた。
「捕まえた!」
「えっ!?」
「逃げられては困るからね。これからお小言と、苦い薬だよ」
鷹通は顔をしかめた。
子ども扱いをしたという事よりも、お小言と苦い薬に反応したようだ。
そんな鷹通がおかしくて、笑ってしまった。
「それが済んだら、おいしいものをあげるよ」
女房達に隠してきた酒を、鷹通の目の前に掲げる。
ぱっと表情が輝いて、首に抱きつかれた。
これは、ちょっとむせた。
酒は結局取り上げられる事となり、私と鷹通をがっかりさせた。
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