こうきしん




「それじゃあ、先生がオニをやるから皆は隠れてね!」
「はーい!!」
 あかね先生の声に、みんなの元気な声が重なります。
 今日はサクラ組の皆で裏山へピクニックに来ました。
 そしてお昼を食べ、かくれんぼをすることになったのです。
「いーち、にーい、さーん」
 あかね先生が20数える間に、みんなはどこかに隠れなければいけません。
 たかっちは、こんもりしたしげみを見つけ、そこに隠れることにしました。
 前にかくれんぼをしたとき、天真がそこに隠れていて最後まで見つからなかったのを思い出したのです。
 たかっちは、そっとなるべく音を立てないように草木を掻き分けしげみの中へ潜り込みました。
 このあたりでいいだろうと小さく丸まったとき、ちょうどあかね先生は20数え終わったようでした。
 たかっちは、膝を抱えてどきどきしながら待っていました。
 遠くから、次々とみんなを見つけるあかね先生の声が聞こえます。
 ここなら絶対大丈夫と、そんなどきどきです。
 と、後ろのほうでかさりと音がしました。
「!」
 驚いたたかっちがおそるおそる振り返ると、そこにいたのは犬のような動物でした。
「………たぬきっ!?」
 図鑑で見ましたし、動物園でも見ました。
 間違いありません。たぬきです。
 たぬきさんは、たかっちに近づくとその手をぺろっとなめました。
 そして、ついておいでとでも言うように、しげみの奥深くへ入っていきます。
 たかっちは、かくれんぼをしていたことをすっかり忘れ、その後についていきました。
「…………待って!」
 たぬきさんはどんどんどんどん進んで行きます。
 たかっちは必死でその後を追いました。
「わっ!?」
 たかっちは何かにつまづいて転んでしまいました。
 あまりに急いでいたのでなかなか止まりません。
 くるくるくるくる。
 ようやく止まったときには、たかっちがつまづいたもの…木の根っこ…はずっと向こうにありました。
「…………あれ?」
 たかっちは、見えている景色がいつもとちょっと違うことに気付きました。
 そう、たかっちはめがねを落としてしまったのです。
 めがねを探すために立ち上がろうとしたたかっちの右足が、ずきん、と痛みました。
 どうやらひねってしまったようです。
 それは、ずっと前に転んでできたすり傷よりも痛くて。
 とってもとっても痛くて、はなのおくがつーんとしました。
「……っく、ひっく…………」
 おまけにたかっちは一人ぼっちで。
 まわりにある大きな木が、たかっちを上から包み込んでしまいそうで。
 ついにたかっちは泣いてしまいました。
 もう二度とここから出られなくなったらどうしよう。
 大好きなお父さんに会えなくなったらどうしよう。
 ともくんや、サクラ組のみんな、あかね先生に会えなくなったらどうしよう。
 いっぱい“どうしよう”が浮かんできて、たかっちはますます悲しくなってしまいました。
 そうやって、どのくらい泣いていたでしょう。
「たかっち」
 聞こえた声にびっくりしてたかっちが顔を上げると、そこにいたのはなんと。
「とも………く…ん?」
「大丈夫?」
 友くんは、涙でぐしゃぐしゃなたかっちの顔をハンカチで拭って、見つけためがねをかけてくれました。
「友っくん………どうしっ、て、ここに?」
 しゃくりあげながらたずねるたかっちに、友くんは笑って答えました。
「たかっちを探しにきたんだ」
 あのあと、どうしてもたかっちが見つけられなかったあかね先生は、かくれんぼ終了の合図を出したのです。
 前回、天真はこの合図が出るまでかくれていて一番でした。
 それでもたかっちは出てきません。
 みんなでくまなく探しても、たかっちは何処にもいないのです。
 あかね先生は、あわてて携帯を取り出し園に連絡をしました。
 そのとき、友くんがたかっちのぼうしを見つけたのです。
 ぼうしを持って友くんがみんなのところに行くと、まだあかね先生は電話中でした。
 そこで、友くんはぼうしをよっくんに預け、一人しげみをかき分けてきたのです。
 どのくらい歩いたでしょうか、泣き声が聞こえてきます。
 そちらへ歩いていくと、めがねが落ちていました。たかっちのめがねです。
 そしてそのずっと先に、座って泣いているたかっちを見つけたのでした。
「さ、帰ろう」
 さしだされた手につかまって立とうとしたとき、たかっちの右足がずきんと痛みました。
「いたっ………!」
「大丈夫!? ひねったの?」
 足首をおさえるたかっちの大きな眼に、再び涙がたまります。
 すると、友くんがたかっちの足首に手をあてました。
「いたいのいたいの」
 そして、ポンッ、と投げます。
「とんでいけっ!」
 何度も何度も繰り返します。
「大丈夫?」
 たかっちはこっくりうなずきました。
「ひねったときは、動かしちゃダメなんだって」
 そういって友くんは、たかっちの隣に座りました。
「いろいろ目印を作ったから大丈夫。絶対に誰か来るよ。それまで一緒に待ってよう」
「ありがとう」
「どういたしまして」
 そうして、二人で座って待ちました。
 ところが、いつまでたっても誰も来ません。
 そのうちにあたりはすっかり暗くなってしまいました。
「大丈夫だよ。大丈夫」
 友くんはたかっちの手をぎゅっとにぎって言いました。
 その手がちょっとふるえていて、たかっちはその手をにぎりかえして言いました。
「大丈夫だよ」
 すると、遠くから人の声が聞こえてきました。
「お、父さん?」
「父さんたちだ!!」
 本当はそちらへ走っていきたいのに、ひねった足が痛くて走れません。
 それをわかって、友くんもたかっちの手をぎゅっとにぎっています。
「たかみちっ!!」
 ようやく見えたたかっちのお父さんは、転びそうないきおいで走ってきて二人を抱きしめました。
「無事で良かった………!!」
「お父さん、ごめんなさいっ!」
 たかっちは、お父さんの首に抱きついて思い切り泣きました。
「友」
 たかっちのお父さんの後からあらわれた友くんのお父さんが、友くんを呼びます。
「友、おいで」
「…っ」
 友くんはお父さんのところへ走っていきました。
 お父さんは、飛び込んできた友くんをその腕の中に抱き上げます。
 友くんは、たかっちと同じようにお父さんの首に抱きつきました。
「よく頑張ったね」
 そういって、何度も友くんの頭を撫でました。
 たかっちはお父さんに抱き上げられて、あかね先生のところへ行きました。
「申し訳ありません!」
「…………元宮先生、顔を上げてください」
 お父さんの言葉に顔を上げたあかね先生は、眼に涙をいっぱい浮かべていました。
 それを見て、たかっちはまた悲しくなりました。
「あかね先生…ごめんなさいっ。……ぃっく、ごめっ……なさっいっ……」
「ご迷惑をお掛けしました。よく言って聞かせますので、また明日からお願いできますか?」
「っはい! こちらこそお願いします!」
 それからお父さんは、たかっちを抱いて友くんのところへ行きます。
「友くん」
 お父さんの声に、友くんはあわてて眼をごしごしこすってふり返りました。
「今日は、たかみちを助けてくれてありがとうございました」
「ありがとう、友くん」
 たかっちは、お父さんと一緒におじぎをします。
 友くんはにっこり笑いました。
「それで、たかっちの足はどう?」
「ええ、どこか病院にいこうと思っているのですが」
 外はすっかり暗く、今時分やっている病院を見つけるのは大変です。
「それなら、知り合いがいるから大丈夫」
「え、……………ああ!」
「車は私が出すよ。さぁ、二人とも。これからやっくんのおうちへ行くよ」
「やっくんの?」
「そう。たかっちの足を診てもらわないとね」
 友くんのお父さんが車を準備している間に、たかっちのお父さんが電話で事情を説明します。
 病院に着くと、やっくんと、やっくんのお父さんが外で待っていました。
 やっくんのお父さんは、たかっちをひょいと抱き上げると、診察台に座らせます。
 そして、見事な手さばきでくるくるくると、綺麗に包帯を巻いていきました。
「問題ない」
「すごい、痛くないよ」
「しばらく動かすな。痛みはなくなっても、まだ治ってはいないのだ」
 怒られたような気がして、たかっちはしゅんとなりました。
 そんなたかっちの頭を、やっくんのお父さんの手が撫でます。
「すぐに良くなる。問題ない」
「すごいね、やっくんのお父さん。魔法使いみたいだ」
 友くんの言葉に、やっくんは一瞬びっくりして、それからお父さんを見上げました。
 やっくんからの視線を受け、お父さんが何か動き出します。
「まさか」
「いや、そのまさかだよ………」





 その後、鳩が出たり折鶴が飛んだり。
 存分に楽しい夜を過ごした二人は、帰りの車の中でぐっすりと眠ってしまいました。
 ようやく、長い一日が終わりを告げます。
 今日の二人の夢は、一体どんな夢なのでしょうか。



なぜか知らんが遙か幼稚園より。
ずっと温めていたもので、放り出すきっかけがあってよかった。
全員を出せなかったことが残念です。
安倍家は趣味です。ごめんなさい。