春はまだか
電話のベル。
「はい、もしもし」
元旦に誰なんだ一体、と毒づく内面を露とも感じさせない口調で受話器を手にとった。
『………もしもし』
話があるといわれ、それじゃあと待ち合わせた近くのショッピングセンターの屋上。友雅はベンチに腰掛け空を見上げた。屋上には家族連れがゲームをしたり遊具で遊んでいた。家族連れとは言っても、見えるのは父親と子どもばかり。世間の女性が全て買い物好きだとは思わないけれど、コレを見てしまえばそう思わざるをえまい。ご苦労様と心の中で呟く。
………………遅い。
何となく胸ポケットを探れば、煙草。
どこを探してもライターはなく、口寂しくて一本咥えた。
「吸わないのか?」
「禁煙始めました。咥えているだけ」
「火、かそうか」
「結構」
隣に座った男を見やれば、相手も空を見上げていた。
「で? 何か用」
「そう冷たくするなよ、友雅」
翡翠は、そういって笑った。
「実はね、告白したんだ」
「幸鷹君に?」
「そ」
「で?」
「ん…………何だか、よく分からない」
空は青い。
「好きだよ」
ソファに座ってテレビを見ていた幸鷹に、翡翠は後ろからそう言葉をかけたそうだ。幸鷹は怪訝そうに翡翠を見て、台詞を返した。
「この国では同性の結婚は認められていませんよ」
それが彼の台詞だった。
「それから会話をしてくれない」
「へぇ、それは大変」
「私を見ると部屋に篭るし、私より先に仕事にでるし、一緒にごはん食べてくれないし、必要最低限の会話も震えてるし、真っ赤だし、可愛いし」
「……………ちょっと待て」
話が変な方向へ流れていったのを友雅は感じた。確実に変な方向へ流れた。
「私はただ単にのろけを聞かされているだけか?」
「そうとも言う」
ああ、煙草が吸いたい。ああ、禁煙中なのだっけ。
「照れた幸鷹の可愛いこと可愛いこと。写真に収めておきたいよ」
「収めろ収めろ」
友雅は半ば自棄になって返した。
「それで? 君のほうはどうなの」
ぐっと覗き込むように翡翠が顔を近づける。丁重にそれを引き剥がして、友雅は空を仰いだ。
「彼が、今年大学に行くから。それから」
「そう。一回り年下とはねぇ」
「煩いよ」
年末の番組を見ていて、煙草を控えて下さいねと言った恋人の顔が思い起こされる。元々一日一箱も吸っていなかったが、それ以降さらに吸わなくなった。一日も長く、彼といたいと思うのは事実だし。
「ま、お互い三十路だしね」
「遅い春ってところかな」
「寒い寒い」
二人で笑った。
空には、飛行機雲が一筋、浮かんでいた。
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