rub elbows




 俺は、今日も見慣れない天井をぼんやりと眺めていた。
 寝ればまた死ぬ。
 何度もまた死ぬ。
 例え痛みがなくてもいい気はしない。するほうがおかしいあんなに鮮明で、むしろどうして痛みがないのかそっちの方が不思議になるくらいの夢。
 星の一族。未来を見る力。白い石。知らなかった事実。知りたくない真実。
 知らずに継いでいた血で見た未来。俺は死ぬんだ。
 俺は暗がりに身を起こした。部屋に聞こえるのは他の人の静かな寝息。その中でぼんやりと自分の手を眺めていた。指を折り、開き。握ってはまた開き。夜になって冷えた空気が少ないながらも晒されている皮膚を小さく刺す。その寒さにすら安堵して、俺はそっと笑った。
 とりあえず今はまだ生きているのだと。
 寝ようかどうしようか迷いながら、なんとはなしに部屋を見回していると、隣が大きく動いた。寝返りかと思い、ずれた掛け布団を直そうと手を伸ばす。
「……? 景時さん?」
 俯き加減になり、小さく震えていた。どうしようかと迷って、俺は景時さんの肩を揺する。ちょうど四回揺すったところで、景時さんが飛び起きた。驚いたように俺を見るその表情は、少し、泣いた様で。
「あ、あの……うなされていた様だったから」
「………そう、ありがとう。助かった」
 景時さんは何かを吹っ切るようにいつもの笑顔を見せる。
「や、いやぁさ、すっごくヤな夢でさ。譲君が起こしてくれなかったらでっかい蛇に丸呑みされるとこだったんだよ。夢の中だけどさ、命拾いしたよ、ホント。ありがとね」
 さっきの泣き顔はあっという間に消えて、俺は別にと答えた。
「あれ、そう言えば譲君は何で起きてるの?」
「ふと目が覚めちゃって……」
「そう。でも寝なきゃ駄目だよ、明日も歩くんだしね」
「えぇ……解ってます。そのうち眠くなるでしょうから先…っ」
「うわ! 手、冷たいよ。いつから起きてるの」
 言葉を遮る様にして景時さんが俺の手を取った。年の割りに俺は手が大きい方だけど、それよりも大きな手で暖めるように包まれる。
「寝てるときは暖かいんだからね。冷たいって事はずっと起きてたってことでしょう? 何か心配事?」
「…………慣れない世界ですから」
 もっともらしい理由を思いつくのに時間はかからない。あながちこれも嘘ではない。怨霊だ平家だ源氏だと、気を張り詰めすぎていたのも少しはある。あの夢ほどではないとはいえ。幸いにも景時さんはそれで納得したようで、そうかぁと大きく頷いていた。
「それじゃ、寝るまで手を握っておくね」
「は、え?」
 何が何処をどうしたら「それじゃ」に繋がるのか解らないけれど、俺は手を繋がれたまま景時さんが寝るのでそれに合わせて横になるしかなかった。
「朔が小さいときに良くやったんだ。たまに抱いて寝たこともあったけど。流石にそれは出来ないからね」
「いや、あ……ぇ」
「人の体温が良いみたいだよ。君も小さい頃に誰かにしてもらったことない?」
 景時さんの言葉に、小さい頃良く祖母の布団に潜り込んでいた事を思い出す。星の一族として神子の世界へ一人で来た祖母。最後はきっと幸せだったのだろうと、記憶の中の笑顔にそう思う。
「小さい頃、祖母の布団に、潜り込んで寝ました。暖かかった………」
 最後は欠伸交じりだ。今なら眠りについても良いかもしれないと、閉じる瞼の向こうを見やる。
「きっといい夢が見られるよ。おやすみ」
 繋いでいない手でそっと俺の頭をなで、前髪をそっと分ける。子ども扱いされたことに少し腹を立てるも、朔よりいくつか離れた兄だし、俺はその朔より年下だし、あぁそれじゃあ子どもだなと納得し。そう言えば景時さんがうなされていたのは本当に蛇に食われる夢を見たからだろうかとか、あの泣きそうな顔とか、起こしたことも本当は良かったのだろうかとか。後から後から湧く思考も、落ちてくる瞼に全て押し込められた。





 あっというまに踏み込ませた。それが最初。



初3。