休日横断
「口に合うといいのですが」
そう云って片桐がテーブルの上に皿を置く。オリーブオイルとニンニクの香りが食欲をそそるペペロンチーノだ。
御堂は隣にフォークを置きながら、まずはその香りを楽しんだ。
「大丈夫だろう、君の作るものだ」
受け取ったサラダを更にその隣に置き、席に着く。片桐が自分と御堂の前にグラスをそれぞれ置いて、椅子に座った。
「……これは」
「あ、嫌いでしたか? 野菜ジュース」
「いや……」
何とも健康的な昼食だ。
「いただきます」
御堂は湯気を上げるスパゲッティを一口食べた。期待通りの味が口に広がる。丁寧に炒められたニンニクに鷹の爪。塩加減も文句がない。
「美味しい」
心配そうに御堂を見る片桐にそう伝えた。安心したように片桐も自らの皿にフォークを伸ばす。
「うん、良かった。美味しくできました」
「本当にあなたは何でも作る」
「一人暮らしが長いですから。あまり、難しいものでなければ一通りは」
御堂も料理が出来ないわけではない。だが時間がないし、自分が作るより頼んだ方がよほど美味しいものが食べられる。出来るものが出来ることをすればいい。
「ん」
フォークに巻き損なった麺の端からオリーブオイルが片桐の左頬に飛んだ。片桐は口の中のものを咀嚼しながら左手の中指でそれを拭うと音を立てて指を口に含んだ。
「あ、すみません。行儀が悪いですね」
「まぁ、外でやらなければ構わない」
気をつけますと片桐が萎縮したので、気にしなくていいと御堂は云い自分もフォークを口に運んだ。
御堂は今まで食べたペペロンチーノと今目の前にあるそれを脳内で比べた。決して金を取れるようなものではないのは確かだが、片桐の作ったそれは過去に店で食べたどれにもひけを取らない。強いて云うなら野菜ジュースがワインだったらと、それだけだ。ペペロンチーノとは関係がないのでおいておく。その味を決めるものが素材だけでなく、例えば、いわゆる気持ちなどそう云うものも含まれるのだとしたら。
以前の御堂なら鼻で笑ったであろう結論だ。
「あなたは、本当に美味しそうに物を食べる」
「え? あ、あの……」
「気に障ったとか、そう云うことではない。おかげでこちらも美味しい食事がとれる」
「はぁ」
褒め言葉だと云って野菜ジュースを口にすれば、ありがとうございますと柔らかい笑みを浮かべて片桐もジュースを口にした。
「午後はどうしましょうか」
「そうだな……」
御堂は片桐の服をいくつか買う予定だった。休日とはいえ場所をわきまえた服というのはいくつか必要だし、片桐はそういう場所に縁がなかったようで全くといっていいほど持っていなかった。これからは様々なところに連れ出したいという思いもある。持っていて困るものではない。自分の使うブランドが片桐に合うとは思えないので、まずはそこから始めるつもりだった。
が。
先ほどの指をくわえる仕草と、オリーブオイルで艶めく唇。盛りのついた猫じゃあるまいしと自らを窘める。
「……さて、どうしようか」
結論はこの食事が終わるまで先延ばしにすることにした。
- [11/04/17]
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