恨みます




 鉄の塊の癖に、体が軽い。それは何て不思議な感覚だろう。戦闘中にちょっと高いところから飛び降りれば、仲間よりも多く土煙を上げた体が、今では少しのそよ風で飛んでいきそうだ。
「ジェット」
 その名を口にしても、抉られた穴が埋まる事はない。ただでさえ空いていた其処は、あの時にごっそりと抉り取られたまま、今も風が吹き抜けている。
 心を抉られるのは、あの一回で充分だった。だから他の誰もいらなかった。それでもお前を入れたのは、お前の言葉があったからだ。


「何かあったら、俺を恨んでいいから」


 茶化しもせず、優しい笑顔を見せる事もせず、アイツには珍しい真面目な顔で俺を見て。
 それなら、と、気が緩んだあの時の自分を憎む。
 それに至るまでしつこく俺にまとわり付いてきたアイツを恨む。
 それで、少しは楽になれる気がした。





 制止を振り切り、空へと飛んでいったアイツの足の裏から吐き出された炎に目が焼けた。段々小さくなっていくその光とは逆に、胸の中では絶望が大きくなっていった。自分の胸に縋り、泣く彼女に、慰めの言葉をかけてやりながら、自分は早々に諦めた。それが一番楽だったからだ。
 だから、一番小さな赤ん坊が、死体同様の彼らを飛ばしてきたとき、歓喜に沸く仲間たちの中で、一人だけ何の声も上げなかった。誰もが彼らの復元に必死だったのに、一人だけそれを遠くから見ていた。事実、戦闘しか知らない自分に博士の手伝いをすることは出来ない。他の仲間たちも似たようなもので、でも祈る事はしていた。神に。精霊に。自分以外の目に見えぬ誰かに。自分はそれすらしなかった。
 してどうなる。それで生き返ったからどうなる。
 アイツがまた目の前で動いて笑ってその腕で抱きしめたなら、全ては元に戻るのか。
「ジェット」
 あの時、お前の立場だったなら、どの仲間もそうしただろう。全てを振り切り一人飛んで行っただろう。
 でも、それとこれとは別だ。
「死ねば良かったのに」
 そうすればまだ悲しむだけでいられたのに。生きて戻りやがって。
 すっかり真新しい人工物で組み立てられたジェットに触れる。冷たいのか、小さな反応が返ってきた。冷たいか。お前が体温を奪ったんだ。ヒトとしての最後を、お前があの時空へと奪っていったんだ。
「死ねば良かったのに」
 だからさよならだ。過去には戻れないと、お前も知っているはずだ。お前はもう前のジェットではありえない。自分も、もうヒトとしては生きていけない。全部これで終わりだ。
 全てお前の所為だと云ってやろう。目を覚ましたその瞬間に、全てが、お前の所為なのだと、云ってやろう。それで溜飲が下がる訳ではないが、そんな置き土産もいいだろう。
「全部、テメェのせいだ」
 目の前に横たわる人工物に、最初で最後のキスをした。踵を返し部屋を出る。ドアを閉める瞬間に名前を呼ばれた、気がした。無視した。それに振り返るという選択肢は、今の手持ちにはなかった。





 誰彼構わず撃ち殺したかった。
 非常時ではない今、そういう訳にはいかなかったので、仕方がないから森の中に以前練習用に作った的を、文字通り粉々にした。少し、すっきりした。
 これならジェットといいコンビになるだろう。戦場では今まで以上に動き回れそうだ。ポケットに入れたままの煙草に火をつける。大分前の物で湿気ているかと思ったが何とか付いた。煙はとても美味かった。
 三本目に火をつけたところで、自分を呼ぶ声に気付いた。目のカメラをバルコニーに向け照準を合わせると、皆の母親が手を振っていた。二人のどちらか、或いは両方の目が覚めたのだろう。最後に大きく一息すって、大して短くもなっていないそれを足元に落とし踏み消す。
 のんびり木々の間を歩きながら、ゆっくりと白い煙を吐き出していく。
 仲間が急いてその部屋に入るのを見ながら、最後に静かに入っていく。





「よう。空の旅はどうだった」










 お前も絶望すればいい。



[2012 009 conclusion GOD'S WAR]を読んで。無性に。
ヒルダ・ビーナ・イエナと、本当にまぁ……
これとは関係ないですが、小説の002は格好良かったです。
できる事なら全て石ノ森さんで読みたかった……