足掻け
「正気よ」
何が本当で何が嘘なんてもう分からない。只彼だけが真実だから、なら、それでいいじゃない。誰が私に何を言えるの。彼を私が真実と思うのだから、それでいいじゃない。
「……そうですか」
刀の鍔が鳴る。幾度となく聞いてきたその音、その切っ先が、自分に向けられる日が来るなんて思ってもいなかった。
睨み合いはそう長くなかったはずだ。せいぜい十秒そこら。こちらに向けられたJr.の銃口が僅かに動いた。その動きに視線を取られ、だが次の瞬間、シオンは直感とも呼べないようなものに突き動かされて武器を装備した右腕を頭上に掲げる。重い衝撃と金属音。一瞬で間を詰めたジンと刀がそこにあった。横からケビンが割り込みジンは再び距離を置く。
「……っ」
僅かな時間を置いて、死の匂いがシオンを包む。先ほどこちらに向けられていたのは刀の峰。
「……馬鹿にしてっ!」
何とかそれだけを口にする。そうしてまとわり付く匂いを振り払おうとする。シオンの正面で、ジンが刀を返した。
「くそっ……」
Jr.は吐き捨てた。予想なんかしたくもない。完全に想定外の行動だった。迷っている暇なんかないのに、迷わざるを得ない状況。どんなに言葉にしたって銃口は微妙に急所を外す。
「ストームワルツっ!!」
ジンが距離を置いた瞬間を狙って全体攻撃。ケビンがシオンを庇いその攻撃を受ける。この世界の縛りを受けない彼にあまりダメージは期待できないが、僅かでも喰らうなら攻撃をし続けなければならない。ケビンの影でシオンが回復用のエーテルを練り上げる。が、銃弾の嵐が途切れると同時に再びジンが踏み込みそれを完成させない。力でシオンが勝てるはずはない。あのジンの刀を受け止められる事自体凄いが、それでも刀を返したジンの前で彼女の武器は傷付き始めている。
「……くそっ」
今この場で迷いがないのはケビンとジンだけだろう。いつもと変わらぬ表情。それが悔しくて仕方がない。
「スペルブレード!」
シオンの放った技をジンは容易く避ける。避けた。だがすれ違った瞬間にシオンのそれからジンの刀へ光が走る。僅かというには多量の電撃がジンを襲った。装備品に雷付与があったらしい。
「ジンさん!」
隣でモモが叫ぶ。ジンは着地時に態勢を崩し左手を付いた。だがそれだけだった。その表情に変わりは無い。パチリと刀から火花が散る。
シオンとケビンを相手に、接近戦が出来るのはジンだけだ。Jr.は遠距離タイプであるしモモは支援系、ジギーは速度を得意としない。コスモスとケイオスは一歩下がって傍観の構えで、何よりこちらには迷いがあった。そんな事を云っている場合じゃないのは分かる。十二分に分かっている。
「くそっ!」
一度ジンを下げるために弾幕を張る。隣でモモが回復エーテルを準備し、ジギーがハインドを構える。
「はぁっ!!」
三人を包む炎。その中から一人こちらへ飛び出した。
「メディカ!」
モモがジンに駆け寄りメディカをかける。完全には回復しなかったものの、雷に打たれた右手が色を取り戻す。一度刀を離して指を動かした後、再びしっかりと刀を握り締めた。上がった息を一呼吸で収めると、左手にもう一振り刀を転送する。それを逆手に持ち構える。
炎の向こうに、2人の影が見えた。
「…………くそっ!!」
走り出したジンの背に、何度目か解らない台詞をJr.は吐き捨てた。
- [07/08/02]
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