小息




「ごめんくださーい」
 セキリティの欠片もない入り口を横に滑らせ一歩中に踏み込み、ケイオスは声をかける。表の看板は下げられていたものの、引き戸をくぐったそこには相変わらずの本棚。ただ以前よりかはいくらか冊数が減っている気がする。どこぞの理事がお買い上げにでもなったのだろうか。家主は返事をしてから一分ほどして漸く姿を現した。
「これは、ケイオス君」
 久しぶりに見る着物姿のジンは、白い紐で袖を器用に括っていた。
「あぁこれですか? 襷掛けって言うんですよ。大掃除中ですから」
 にこりと笑って彼は手に持ったはたきを振って見せた。
「連絡をして下されば良かったのに。そうしたらもう少し何とかしたんですけど……」
 何度も何度も念押しされて通された居間は、確かに納得するほどに物に溢れていた。本や陶器や掛け軸や。その他にも中身の不明な箱がゴロゴロ。埃は払ってあるようだが、それにしてもこの量は凄いとケイオスは思う。ジンはその中に一畳ほどのスペースを作ると、そこに客人を座らせ茶を出した。自分は通路用だろうか、僅かに覗く畳の上に座り湯飲みを手にする。
「急にお邪魔してすみません」
「本当ですよ……というのは冗談ですけど。ホント、散らかっててすいませんね」
「いえ、それは大丈夫です」
 驚いたのは確かだけれど、今までに見たことの無い物を目に出来るのは楽しくもある。
「大掃除って、云ってましたけど?」
「えぇ。しばらく戻ってこられそうにないでしょう? 全部蔵に仕舞ってしまおうと思いまして。ジュンに任せられるのは精々表の本だけですからね。蔵の中の物も虫干しとかして、取り合えず全部片してしまおうと」
 一時戦線を離れたいとジンが申し出たのはもう十日も前の事だろうか。小委員会としても一先ずの用事はなかったし、先方も大人しかったのでそれはすぐに受託され、ジンはエルザを離れる事になった。
「で、片付きました?」
「まぁ、ある程度は、というところでしょうかね。表の本も後は蔵に仕舞うだけですから。予想以上に蔵に物が入ってましてね、お祖父さんの偉大さを実感している最中です」
 苦笑しながら云うジンは、だが楽しそうではあった。
「片付けている最中に本を読み耽ったりしてませんか?」
「今のところは何とかね。面白そうなのはぐっと我慢して別の棚に避けてます。でもその棚もそろそろ埋まりそうで怖いんですよ」
「お手伝いしましょうか?」
 元々ケイオスはそのつもりで第二ミルチアに来た。エルザも今は第二ミルチアに停留中だ。次の指令まで待機、ということろだ。
「いいんですか? そう云って頂けると助かりますが……」
「構いませんよ。エルザにいてもあまりやる事はないですし。それに」
「それに?」
 ケイオスは一度間を置き茶をゆっくりと含み、飲み干し、それから続きを口にする。
「三食昼寝にジンさんまで付いてき」
「客間を空けますね!」
 その台詞を途中で遮りながら、ジンは満面の笑顔を浮かべて腰をあげた。





 日が落ち暗くなった廊下を、タオルを肩にかけたケイオスが歩く。外ではひぐらし。人工のものではなく自然なそれに頬を緩ませる。
「ジンさん、お風呂空きましたよ」
 そう云って、勝手知ったる何とやら。ジンの部屋の障子を開ける。
「ジンさ……」
 開けたその向こうの、なんとも云えぬ奇妙な風景にケイオスは口をつぐんだ。
「おや、早かったですね」
 何も無い部屋。八畳間に布団が一式敷かれているだけ。
 以前はあった床の間の掛け軸も、一輪挿しも、入ってすぐ左手にあった小さな机も、その上のモニターも、枕元に堆く積まれた本も、全部無かった。ジンはその中で、既に敷かれた布団の上でくつろぎながら手に持った端末を弄っていた。
「それじゃあ、入ってこようかな」
「ジンさん」
「はい?」
 そんな訳は無いと思うが、ふと過ぎった思いが離れない。
「……そういえば、どうして今片付けを?」
「いやぁ、一応エルザに移るときに多少はしたんですけど、惑星消失事件も止まらないでしょう? ここもいつそうなるかわからないし、見苦しくないようにと思いまして。巻き込まれなかったとしても長期間空ける事に変わりはないですし、しっかり片付けておかないと帰ってきたときが大変ですからね」
 この部屋も埃が凄かったんですよと、ジンは笑った。そうですかと返すしかない。
「死ぬつもりだと思いました?」
「え……」
「そんな顔してますよ」
「…………」
「死ぬなら畳の上と決めてますので、安心して下さい」
 それでもケイオスの表情は浮かない。ジンは正座に座りなおして彼を見上げた。
「貴方はきっと沢山の人を見てきたのでしょう。だから分かるのかもしれませんね。でも私は先に進まなければいけないんです。だから死にません」
「その先って何処までですか? マーグリスとペレグリーの二人がいる場所ですか。その二人とはいずれ出合って倒さなくちゃならないでしょう。貴方はその先まで来てくれますか」
「勿論」
 躊躇いの無い返事。どこまでも穏やかな笑顔。ジンの本心は何処にも見えない。
 ケイオスは身を屈め膝を突き、目線をジンと同じにする。そのまま何の断りもなくジンに口付けた。驚きに軽く目を見開くジンを、そのまま後ろに押し倒す。舌を捻じ込んで咥内を乱暴に掻き回す。ジンは抵抗一つすることなく、それを受けていた。
「ジンさん、やってもいいですか?」
「ここで断ってもやめる気は無いでしょう?」
 風呂に入った後なら絶対に断りましたけどねとジンは云って、ケイオスもそれに笑う。再び口付けた。今度は柔らかく。ゆっくりと。丁寧に。
 久しぶりに見た着物の襟を大きく開いて手を差し込むみ、その無駄のない身体を撫で回す。脇腹を撫で上げればくすぐったいのか僅かに身体を震わせた。
「感じました?」
 唇を離して、でも触れそうなほどに近くで聞いた。ジンはケイオスから少し視線を剃らして小さく溜息を付いた。目元がうっすらと赤い。
「こんなおじさんの身体撫で回して楽しいですか」
「それはもう。ジンさんは何処も彼処も綺麗ですよ。ずっと触っていたい」
 ケイオスはさり気無くジンの左脇腹に今も残る傷に触れた。こんな傷跡、今なら訳もなく消せるはずだ。それを未だ持ち続けているのは一体どんな理由か。
 またキスをして右手で胸をくすぐり左手でもう何度やったかしれない帯と褌を解いてしまう。深い藍の着物が広がり、その上に白い身体が浮かぶ。何度見てもいい。その間に小さく立ち上がった乳首を指でつまむ。離した口から吐息が零れる。赤く濡れた唇を舐めてからケイオスは身体を下にずらす。触れないままの右側を舐めて吸って甘噛みして、申し訳程度に掠めてから更に下に舌を這わせる。左手でジンの右足を肩に持ち上げ、少しばかり持ち上がったそれを躊躇いもなく口に含む。上で息を呑む音がして、ケイオスが上目で見るとジンは口元を左手で覆っていた。ケイオスはジンのそれを軽く嘗め回しながら、こっそり持ち込んだジェルの蓋を片手で器用に開けるとこれまた器用に手に取った。容器をなるべく遠くへやり、ジェルに濡れた右手でジンの後孔に触れる。まだ冷たかったかひくりと腹が動いた。人差し指をゆっくりと埋める。壁面を緩く圧迫しながら最奥まで入れるとそこでくすぐるように細かく動かす。ケイオスの口の中のものが律儀に反応する。たっぷりの唾液を絡ませたそれから口を離し、根元から舐めあげる。ふるりと震えるそれを追いかけ先端をチロチロと舌で舐める。手を使わずに行われているためにジンとしてはもどかしい事この上ない。咥えられていたと思えばふいと外され、舐められていても動いてしまう。そのくせ後ろは既に指が三本になって煩いほどの音を立てていた。
「ねぇ……っ、なんか、急いでませんか……?」
「急いでます。早くここに入れたい」
 ケイオスはそう云って神経に指を立てた。ジンは漏れそうになった声をギリギリで飲み込む。
「声出して下さい。ジンさんの声を聞かせて」
 身体を起こしながらそういうと、ケイオスは服を脱ぎ始めた。静かに屹立する自分のそれを右手に残ったジェルで何度か扱くと、直にジンの後ろにあてがった。
「っ、……ぁっ!」
 確かに性急だったそれはジンに幾分かの痛みを与える。右手でシーツを掴みそれに耐え、深い呼吸をして残りを逃がす。ケイオスは青い瞳でジンを見ながらそれを待った。待つ間に右手でジンの胸を弄る。掌で乳首を押し潰し指で肌の質感を確かめる。もういいかと確認をし、それにジンが頷いたのを見てから、右足だけを抱え上げて動き始めた。
「……んっ、ふっぁ……」
 ジンはまだ左手で口元を覆っており、改めてみれば人差し指を噛んでいた。
「声だして、ジンさん」
 互いの胸が付くほどに身体を近づけ、指の代わりに口付けた。行き場をなくした左手が、シーツを握っていた右手と共にケイオスの背に回される。
 痛みは去ったがまだ圧迫感が強い。中で蠢くものへの期待と予感で疼きはするが、それが表に出るきっかけはまだ来ない。ジンは間近にある相手の顔を見た。いつもはもっと余裕のある表情、それはもうジンが恨めしく思うくらいの余裕でこちらを見ているのに、今日はそんな片鱗すらない。余裕のあるフリをして、吸い込まれそうな瞳でジンを見ている。
「はっ……ぁ、あっ」
 そんな瞳で見られても、曝け出すほどの本心なんて何処にもないのに。虚ろとまでは言わないけれど似たようなものだ。二人を殺した先なんて、自分のほうが知りたい。
「だいじょうぶですよ……っ」
 あの日から繰り返してきた言葉をつぶやく。無責任な、でも効果は確かにある言葉。ケイオスは一層悲しそうに眉間に皺を寄せた。
 そんな顔をさせたい訳ではないのに。
 互いに思う。
 互いにすれ違っている事を自覚している。
 自分の望む事が相手のそれにそぐわない事を知っている。だから苦しい。
 二人は取り合えず目の前に見える絶頂へと逃げた。



書き手も逃げた。すいません。