質量保存則




 不規則に光る雷と窓を伝う雨が、室内を斑のある光で包む。
「そうだ。全てはここから始まる予定だった」
 まるで番組のナレーションのように、この場にそぐわない声が響く。
 違う。全てはここから始まった。
 ミルチアに関係する者たちの全てが、今ここから始まった。
「仕方がなかったんだ」
 その言葉は、諦めた人間が云う言葉だ。
 何かを選ぶために何かを諦めなければならないとき、それを自身に納得させるために云う言葉だ。お前が何を諦めた。お前がその言葉を吐く程の、何をお前は諦めた。
「すべては君の為」
 声が響いたとき、私は一瞬全てを忘れた。
 確かに紛争の一端を父は担った。確かに私は家族を助けられなかった。全てを妹に話すことが出来なかったのは私の弱さ故だし、その所為でシオンはこのミルチアで重ねて傷付いてしまったのはあるだろう。テスタメントと呼ばれる彼らにだって、私たちとは違う世界の中で彼らにとってはとても大切な事をしているのかもしれない。それがたまたま私たちのそれとぶつかるだけで、彼らも何かに傷付き、それを乗り越え歩いているのかもしれない。
 でもその瞬間、私はそれらを全て忘れた。

 だからこんな純粋な殺意は知らない。

 両親を殺したお前が、その口で妹に愛を囁くのか。目の前で両親を殺しながら、全て君の為だと優しく笑うのか。傷口を手でかき回しながら、その同じ手で涙を拭うのか。
 一気に膨れ上がった殺意は、有限な体の中で瞬く間に濃縮された。色を深め密度を増し、重くなったそれは下へと沈む。気体から液体へ、そして固体へ。小さな点から広がったその殺意は、小さな点へと収束し、私の中の一番下へと落ちていった。


 結局発散し損ねたそれは、そこに在り続けるしかない。
 私は椅子に深く沈みこんで長い息を吐き、静かに眼を閉じた。



あそこは怒っても良い場面だと思うんだけどな。
正直この殺意はプレイ中に自分が感じたものですすみません。
咄嗟に今の兄さんに子シオンを抱きしめて欲しかったとかなんとか妄想はつきません。