暗闇に差す一筋の諦め
常に結果は原因があって起こるものだが、はたして今日のそれは一体何がどうしてこうなったのか。別にいつも原因を究明しなければならない訳ではなく、今回はまさにそれなのかもしれないとジンは考えた。
「何を考えているんですか?」
優しげな声はジンの背後から聞こえ、同時に蠢いたものに声を漏らす。
うつ伏せて腰を高く上げ、顔は枕に埋もれるように押し付けられて、逃れるようにと伸ばした手は弱弱しくシーツを掴んでいる。背後から圧し掛かる人物共々服は着ていない。そんな自分たちを認識し直す。
「余裕ですね……まだ足りませんか?」
「あぁっ……ぁぁ」
何事も過ぎれば毒だ。与えられる快楽という名の苦痛にジンは呻くばかり。
エルザの修理で立ち寄った惑星に一泊する事になり、折角だからとケイオス、今ジンの背後にいる人物に街へと連れ出されたのは何時間前の事だろう。上手い具合に誘導され、気付いたときにはこの如何にもな安宿に連れ込まれていた。背後で鍵のかかる音がして漸く現状を把握した。意識が散乱していたにも程がある。
「僕の所為にしていいですよ」
いつもの笑顔でそういって、ケイオスはジンをスプリングの利かないベッドに押し倒した。何もかもをこの年下の少年に見透かされている気がしてならない。そもそもこの少年は見た目通りの年齢なのかも怪しい。
「たまにはいいでしょう、こういうのも」
見たことも無い怪しげな薬とか小さな道具とかを手にする彼を押し返す腕をジンは持たなかった。それで飛べるのならそれでもいいと思った。やはりどこか疲れていたのだ。
「何を、考えているんですか……」
最近の薬は速攻で効いて後に残らない。らしい。すでに効果は切れているはずだが、ケイオスが背骨に沿って背中を舐め上げる感触にまだ震える。最上部から延長線上に舌を這わせ、生え際をきつく吸い上げる。前に回された手が胸を撫で周り、それらの感触に否応も無く反応した。ジンが震えるのに合わせてシーツの上に散った髪がその模様を変える。
「…………なにも……」
閉じる事も出来ない口の端から零れ続ける唾液がシーツを染める。ジンはぼんやりと視線の延長線上にある壁紙の汚れを眺めていた。
「嘘ですよ、いつも他所を向いて。やっぱり後ろからじゃダメですね」
ケイオスはジンから身を離し、弛緩した身体を容易にひっくり返した。汗と唾液とで顔に張り付いた長い髪を丁寧に避け、四方に散ったそれと合わせて彼の左側に纏めて流す。ジンは浅くゆっくりとした呼吸を繰り返しながらされるがままになっていた。重ねられる唇に応える力も無い。
「こっちを見て、ジンさん」
そう云うと漸く視線が合った。伸び上がってた身体を元に戻すと、ケイオスの顔を追う様に視線も下がる。
「まだだよ」
「あぁっ……」
拒む事を忘れたジンの身体にケイオスは自身を突き立てた。もう何度目かケイオスにもわからない。
嫌だとか無理だとか、そういった言葉は当にジンの口からは出なくなっていた。全てを受け入れるだけになった瞳は何の意思も示さず申し訳程度に濡れてケイオスを見ていた。それでもジンの中でどこかがまだ冷静に何かを考えている事をケイオスは知っている。それは今の状況、この部屋の中だったり今後の行く末だったりに関係する事ではないかもしれない。例えば一昨日の朝ごはんとか、三と四を掛けて十二とか、そんな意味の無い事かもしれない。それでもジンの全てが目の前に居る訳ではない事をケイオスは知っている。
「こんな風になってもまだ泣かないんですね」
溜まってもいない涙を拭うフリをする。反応はしないけれど、その意味をジンが理解している事を知っている。反応する経路だけを断ち切って、その奥で苦笑しているのを知っている。何をどうしてもその奥に届かないのがもどかしい。
「あぁっ、あ、あ、ぁ、あぁ」
突き上げれば突き上げた分だけ空気が口から漏れる。声を押さえる事も息を呑む事も唾液を飲み込むことすらせずにジンはただ声を上げた。
「ねぇ、こんな時くらい泣いてもいいんだよ」
条件反射のように立ち上がるジンのものを緩やかに扱きながらケイオスは云う。普段使わない薬や小道具を使い、いつもより丁寧に酷く苛めたつもりだ。根を上げ羞恥心にかられながら乞われもしたけれど、この調子では腹を抉られ臓腑を引き出され四肢をもぎ取られても泣く事は無いんじゃないかと思う。
「……何?」
ジンの手がゆっくりと伸びてケイオスの頬に伸ばされた。先ほどケイオスがジンにしたように親指でゆっくりと目尻を擦り、流れてもいない涙を拭う。
「僕は泣かないんですよ、ジンさん」
優しく微笑みながらジンにキスをする。
「でも、貴方の為なら泣いてもいい」
貴方が死んだらきっと泣く。
「……今日はこれで終わりにしましょう」
そっと囁かれた声にジンは身体を震わせた。目の前のこの少年は、多分ジン自身の次にジンの事をわかっている。それは過去に一時行動を共にしたこともあるかもしれないが、そんな簡単なことではないどこかで多分ジンのことを良くわかっている。だからジンが涙を流さない理由も想像が付いているだろうし、その機会が来ない事も多分わかっている。それがジンには申し訳なく、そして少し嬉しかった。今後も自分が変わることは無いだろう。だが自分が死ぬ瞬間にきっとケイオスは側にいると思えた。それに少し安心した。
最後に腕を伸ばし自分からケイオスにキスをして、ジンは漸く意識を手放した。
- [07/09/02]
- 戻る