拾字火
嘘を吐き通せば真実になると思っていた頃があった。それは本当に幼い考えだったけれど、たとえば何かが起きてもそれを最後まで知らなければその出来事は無かった事になると思っていた頃があった。
知らないほうがいい事が世の中には多過ぎるから、下手に知ってしまうよりは多少不自由でも知らないほうが良いってことは、多分あるんだと思う。最後まで知らない事に気付かなければ、それでいい事はあると思っていた。
それが、この廊下の先にある。
外は雷雨。あの時も走った廊下を同じように走る。あの時は一人だったけれど、今は私を含め七人が凄惨な建物内部を駆けていく。
いつ、打ち明ければ良かっただろう。あの日に関する全てを、どうやってあの子に伝えれば良かっただろう。それさえ出来ていたならこんな事にはきっとならなかったのに。それさえ出来ていたのなら、例え全てが知れてしまう日が来たとしても、今のような最悪な形ではなかったのに。
ねぇ、父さんは確かにお前を愛していたよ。母さんの事だって勿論愛してた。家族の為に星団連邦を売って、結局何一つ守れなかったけれど、父さんはお前を愛していたよ。本当は私が伝えなければいけなかったのに、結局私は何もしなかった。その報いなら私だけでいいだろう。だからどうかこの一瞬を永遠に引き伸ばして欲しい。
往生際の悪い私を笑うように雷が鳴り響く。気付けば一行の最後尾を走っていた。
「兄さん!」
やはり、嘘は真実にはならないのだ。吐き通せば吐き通しただけの時間罰を受ける。十五年間の罰を、これから私は受けるのだ。覚悟を決めて、最後の廊下に立たなければいけない。最後の扉のその向こうで起きる出来事に、私はまた立ち会わなくてはいけない。一際大きい雷が落ち、私はその閃光に身体を振るわせた。雷は、嫌いだ。
「兄さん、また私達を見捨てるの?」
この先に待つだろう怒りや悲しみを思うと躊躇してしまうけれど、それらを全て受け入れるべきなのだ。慰める言葉も許しを請う事も何も持たず何も出来ないのだから、起きる事実ぶつけられる感情全て受け止めてお前の側で誰よりも最後まで私は立っているべきだ。
でも、矛盾してしまうけれど、一つだけ謝らせて欲しい。
このウソがお前にばれて、私は少しホッとしているよ。
- [09/01/25]
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