投げ捨てたショコラ
向こうが透けて見えるくらいのこんな薄っぺらいゴムの膜が、何億もの可能性を潰している。そのお陰で人々はこの行為を本能から切り離して様々な手段として利用できている。実際私も利用してきた。楽しむ為であったり充足感を得る為だったり。そうでない場合も多々あって、今日のこれは一体どのような場合になるだろうか。
「どうした?」
「いいえ、別に」
この人でも不思議そうな顔をするのだと、少し弾んだ息の中考える。いつもならここで手の中のゴムを彼に被せるのだが、今日は袋を破かずベッド下に投げ捨てた。その逞しい身体を跨いで、怒張する塊に手を添え静かに腰を下ろす。
「……ん、は」
技術の進歩だろうか、いつもとあまり感触は変わらない。何となく熱い気がするのはきっと気のせいだ。
「どうした?」
同じ質問を繰り返す彼の顔、右半分に出来た傷をなぞって黙らせる。彼も三度は繰り返さない。鼻で一つ笑ってから下から突き上げてきた。それに合わせて腰を動かす。彼の胸に手を付いて、指に当たった突起を親指で押し潰してやる。かわりに彼は私の胸を揉む。そんなに小さくはない筈なのに彼の手に余ることはないのが少し悔しい。無骨で大きいその手で彼は様々なものを壊し奪ってきた。何かを生み出す事は出来ない手だけれど、人々を率いるには魅力的過ぎる。
「俺の子でも、産んでみるか? ペレグリー」
「あなたの……?」
マーグリスの、空いた手が腹を撫でる。この腹が膨れる。そんなこと想像できない。
母は強いと感じたことは一度や二度ではないが、それが今の自分に必要なことなのかはわからない。そしてその半分がこの男で良いのかも。強い遺伝子を後世に残すという意味では彼以上の存在はないけれど、でも彼の強さはきっと一代限りだ。だから私はマーグリスの子を宿さない。私は伝える宿主になれない。多分、誰の子も。
「それも、いいかもね……」
熱に浮かされた声で呟いた。
シャワーを浴びながらそっと触れてみると僅かに付いた。壁に片手を付いて指を二本入れる。少し指先を曲げて引き抜けば、粘りのある液体が太腿を伝った。
排水溝へと流れていく億の可能性。その先に待つのは再び蛇口から出てくる為に必要な処理施設だ。海に出れば魚になるかもなんてくだらない想像はさっさと追い出す。
一年経っても、私の腹は膨れないままだった。
- [09/04/12]
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