「?」
 ペレグリーがふと後ろを振り返り、ジンもつられてその方向を見る。アイスを受け取るはずだった手がそのまま宙に浮いているので、店員がどうしようかとアイスとその手を見比べた。
「ペレグリー?」
「私の分も持ってきて」
 そう云い残して彼女はジンから離れる。何が何やら分からないが、とりあえず代金を支払い両手にアイスを持ち後を追う。ワゴンから少し離れたところでペレグリーは二人の子どもたちと上を見上げていた。
「風船が飛んじゃったのよ」
「あぁ……」
 確かに倣って上を見れば、葉の緑の中に赤い風船があった。
「でもあれは、高いですねぇ」
「肩車しても駄目かしら?」
 ペレグリーはジンの手からアイスを取り上げ子どもたちに渡した。
「あげるわ」
「ちょっ……貴女スカートじゃないですか!」
「ほら、肩貸して」
 そしてジンの肩を軽く押し下げる。ジンは仕方ないと膝をついた。少し前傾姿勢で彼女を待つ。立てた片足を踏み台に、ミュールを脱いだペレグリーがジンの肩へと上る。
「前っ、見えない!」
 正座をするようにジンの頭をペレグリーの足が挟む。今日の彼女は裾の大変広いロングスカートで、捲くり損ねた布がジンの視界を遮った。ペレグリーがスカートを手繰り、何とか視界が確保されてからジンはそっと立ち上がった。
「前、前、ちょっと右……そこで止まって」
 ペレグリーは折っていた足を伸ばすと、ジンの肩に膝立ちになった。正直痛いことこの上ないが、普通に肩車をするよりかは高さが稼げるので一時の事とジンはじっと我慢する。
「あぁ、届かない……」
 残念そうなペレグリーの声が降ってきて、下から泣きそうな声がした。バランスを取るのに忙しくて確認できないが、子どもたちはさぞかし悲しそうな顔をしているだろう。
「一度降りますか、ペレグリー?」
「そのまま、動かないで踏ん張っててね。頭借りるわ」
 まさかと思う間も無くペレグリーはジンの頭を支えに彼の肩に立ち上がる。とっさに彼女の両足首を支えると、視界上部をふわりとスカートが舞った。同時にどよめきが聞こえる。気付けば回りに幾人か、通行人が足を止めているらしい。凄いなどという感嘆の声と同時に、届かないかという落胆の溜息が混じる。
「おねぇちゃん、ありがとう。もういいよ」
 鼻をすする音とともに、子どもの声が聞こえる。が、どうやらペレグリーは聞いていない。悔しいわねと小さな音が降ってきて、やっぱりと、ジンは来たる衝撃に供えて腹に力を込めた。
「!」
 周りが息を呑む音が聞こえ、肩に圧力がかかって視界が完全に塞がれる。彼女がジンの肩の上でしゃがんだのだ。
 そしてペレグリーは飛んだ。
 肩を足場に飛ばれた反動で数歩、後ろに下がりながら見上げた空に、スカートが綺麗な円を描いていた。そしてその中に見える、赤い布。
「ぺれっ……!」
 思わず言葉を失ったジンの目の前に着地したペレグリーの手には、しっかりと風船の紐が握られており、持ち主に遅れる事数秒、スカートが漸く彼女の下半身を覆い隠した。
「はい」
 あっけに取られる子どもに風船を返し、何事も無かったようにペレグリーはミュールを履きなおした。周りの観衆は彼女のとった行動にかそれとも贔屓目で見ても綺麗な脚に見とれたのか、全員が黙り込んでいる。
「ありがとう、おねぇちゃん」
 何とか言葉をつむいだ子どもにペレグリーは手を振ると、改めてアイスを買うべくワゴンに向かった。それにあわせて周囲も漸く動き出す。
「ペレグリー! 貴女ね」
「別に減るものじゃなし、貴方が恥ずかしがってどうするのよ」
「ですが」
「不埒な輩は貴方が追い払ってくれるでしょ?」
「……その必要があればですがね」
「頼りにしてるわ。ね、ジン。私アイス食べたい」
 腕を絡めてくるペレグリーに、ジンは苦笑でもって応えた。



 事の次第を見ていたらしい店員が凄かったねぇと声をかけてくるのを聞きながら、ジンはそっと先程のことを思い出す。
「……スケベ」
「ご存知かと思いますが私も男ですので」
 ペレグリーはアイスを舐めながら声を上げて笑った。