ある日、部屋に戻ると何やら甘い匂いが漂っていた。合い鍵を渡してある人物と云えば片手でも余りある。というか指一本でいい。
 案の定、そこにいたのはペレグリーだった。
「何をしているんですか……?」
 聞いてから思い出したが、そういえば彼女は今日は休日であった。タンクトップにショートパンツ、ラフすぎる格好でペレグリーはキッチンに立っていた。きっとブラをしていない。
「生チョコというものを作ろうと思って」
 彼女の後ろから腰に両腕を回し肩に顎を乗せて手元を見れば、手順やら材料やらが表示されている端末を目の前にして、ペレグリーはチョコレートの固まりを一生懸命削っていた。削っていると云うよりは、砕いているという方が正しそうだが。
「これからもっと細かくするんだからいいのよ」
 耳元で思わずそっと苦笑した事に、彼女が反応する。
「でも何で急に?」
「そういうイベントがあるって教えてもらったのよ。貴方好きでしょ? そういう由緒ある伝統」
「由緒って、チョコレートを作ることがですか」
「違うわ。好きな人にチョコレートをあげることがよ。ロストエルサレム時代にあったって」
「へぇ……」
「もっとも、ある地域限定らしいけど。それも製菓会社が仕掛けたって云う話」
「で? 誰にあげるつもりなんですか」
 首筋に軽く音を立てて口付けながら、いたずらっぽく聞く。
「そんなひねくれた事を云う人にあげるチョコはないわね。中佐に持っていっちゃうから」
 義理チョコという、お世話になった人にあげるチョコもあるのだという。それにしても。
「中佐がチョコを食べている姿は想像できませんね」
「……そうね。食べてもチョコボンボンかしら」
「それもどうかなぁ……」
「そういえば、また別の地域の話らしいんだけど、男性から女性に花を贈るっていう習慣もあったらしいわよ」
「へぇ、それじゃあ貴方に何か送らないと」
「期待しないで待ってるわ」
「で、それは私の分もあるんでしょうか」
「さぁ?」
 チョコを細かくする作業が終わっているのを確認してから腕の力を少し込めた。首筋にキスをしまくり、時に軽くくすぐる。わかったわあげる、と彼女が笑いながら降参したところで腕の力を抜いた。
「あぁ、くすぐったかった」
 一息ついたペレグリーは、気を取り直して刻んだチョコをボウルに入れた。
「でもそうね、せっかくだから中佐にも渡してみようかな」
「なら私は花でも贈ってみますか」
「眉間にしわが寄る様が思い浮かぶわね」
「本当に」
 それでも何だかんだと云いながらマーグリスは受け取るだろう。あれで案外甘いモノは嫌いでなかったはずだ。
「そろそろ離れない? やりにくいわ」
「いいじゃないですか。私はようやく落ち着いたところです」
 ぺたりと張り付いたペレグリーの背から伝わるあたたかさとか、前に回した腕に乗る胸の柔らかさ。
「……っ」
 思考を読むのが得意らしい。軽く手の甲を摘まれたので大人しく腕の位置を下げた。
 ペレグリーは後ろに大きな荷物を背負ったまま横に移動する。そこには肩手鍋がおいてあって、彼女はそこに生クリームを注ぎ入れた。