明日
光が見えた。
と言う事は今まで自分が居た所は闇だったのだろうとジンは思う。
水の上と言うより綿の上に寝転んでいるような浮遊感と不意に湧いた光を確かめるべくジンは瞼を開いた。つもりだった。辺りの景色は霞んで確かな輪郭を描かず何度瞬きをしても変わらないその色は瞼を閉じてもやはり変わらなかった。
そうか。器がないのか。
先程と同じようにそう思ってジンは瞼をまた閉じた。気分的に。
ただの意識として個を保つのは大変なのだなと何処までが自分の身体で何処からがこの空間なのかわからない感覚のまま考える。つまり死んだのだと思い出したのはおそらくだいぶ時間が経ってからであろう。
それは静かな空間であった。不甲斐無くも一足先にあの場を離脱したその瞬間に感じたようにそれはとても静かな時間だった。そういえば走馬灯は流れただろうかと思い流れたなと思い出す。今では届かないあの喧騒の日々。それ程遠い事ではないあの日々も今は万年単位で遠く感じた。
ほぅ……。
深く溜息をつく。
自分のやるべき事は済み自分の道は終わった。それがこんなにも心地良い。後悔も苦悩も全てこの空間の中では意味を持たないらしい。陽だまりの中でまどろむようにジンは眠りにつこうとした。
「ジンさん」
今度こそ霧散しようとしていたジンの意識を誰かが呼び止めた。何度目かの呼びかけでジンは空間と意識とを切り分ける器の中にいる事に気付く。そして辺りは深い原初の森へと姿を変えていた。
「ジンさん」
その声に振り返る。ジンはその地に両足で立っていた。
「ケイオス君……」
「ジンさん……ありがとう」
ケイオスは全てを包むようないつもの笑みに悲しみを少し加えてそこに立っていた。ジンは歩み寄ってその頭を優しく撫でる。
「私は、お役に立ちましたか」
「えぇとても。本当に、ありがとう……」
「そう……なら良かった」
笑ってそう言っても彼の悲しみは消せないようでジンは少し困った表情をする。
「私はいつも誰かを困らせてばかりだな」
「そんなことは、ない……と思います」
「貴方が気に病むことではないですよ。月並みな台詞で申し訳ないですが」
そっと彼の前髪を上げて隠された額に口付ける。
「貴方もそんな表情をするのですね」
「……ジンさんにだけだよ」
「それは嬉しいです」
ようやくケイオスが詰めていた息を吐いた。もう一度頭を撫でる。
「しばらく眠るだけですよ。そのうちシオンが蹴り起こしに来るでしょうからね。それまでのんびりするだけです」
「うん、そうだね……」
ケイオスがジンを見上げた。ジンは落ちる前髪を耳にかけて顔を近づける。これで自分は形を失うだろうと思った。それが少し残念だった。
「おやすみ、ジンさん」
「えぇ。おやすみなさい」
その痩躯を抱き返しジンもそう言った。
「おやすみなさい、ジンさん。また明日」
また明日。
そしてジンは陽だまりの中にとけた。
- [06/09/03]
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