渇望




 耳にこびり付いたその音は、今までに何度も聞いてきた。
 あぁ、いっその事この手で斬る事が出来れば良かったのに。
 そうすればその他大勢に彼も彼女も組み込めたのに。
 傷を抱きながらも私は歩けたかもしれないのに。
 回線を通して聞こえた音が、機体越しに感じた衝撃が、視覚から得た情報と上手く合致せずに私は暫く放心していた。





 あぁ、いっその事この手で。





「……ジン」
 Jr.君の声がする。
 私はそこでようやく深く息を吐き出しまともな呼吸をし始めた。
「えぇ、申し訳ありませんでした。もう大丈夫です」
 切っていた此方からの回線を繋げそう言う。何時の間に切っていたのだろう。一言叫びでもしただろうか。煙を上げるレビから目を離せない。先へ行かねばならないのに。
 ルベンの向きを変えた時、レビから小さな火花が飛んで床の一点が淡く光った。
「兄さん!?」
 ルベンから飛び降りた私をシオンが呼び止める。私はそれに構わず歩みを進めた。
「…………あぁ」
 床に刺さった両刃の剣。そっと抜いて天にかざす。刃毀れもしていないそれは赤い光を放った。
 唯一残された物。
 柄を握り正面に構え、その根元に口付ける。
 彼の血と臓腑の欠片を口にする。
 それは今までに浴びた血のどれよりも甘く苦く濃い味がした。
 これは罪なのか罰なのか。解らない事は考えない事にした。今は世界を救う事だけ考えようと思った。そうしたら、その後で存分に想えばいいのだ彼らの事を。優先すべきは自分以外の事だ。ここで止まるわけにはいかない。
「ジンさん、大丈夫?」
 ケイオス君の声で顔を上げる。ルベンへと歩きながら軽く血振りし、抜き身のままコクピットへと持ち込んだ。
「お時間を取らせました。さ、行きましょう」
 誰しもが何かを言おうとしているのがわかる。でもそれを黙らせるくらいの事が出来る程には歳を喰った。もう後には戻れない程に歳を喰った。虚勢を張るのは得意なんですよ。貴方にはいつも見破られるけれど。
 皆が私に背を向け先に進みだす。私も回線を切ってそのあとに続いた。
 小さい頃は貴方に近づきたかった。
 あの日からはもう先へ進みたくない。
 大人になって泣いたら格好が悪いと何時から思うようになったのか。この胸の内に溜まった苦しい何かを吐き出す術を、もう私は持っていない。










「……マーグリス……ペレグリー…………」




















 だが後から思えば、あの時私は泣いていた。
 涙を流さずとも、私はきっと泣いていたのだ。