二度目の生にお別れを




「はーい、一番デスマスク。行きまっす」
 語尾にハートマークでもつけそうな勢いでデスが手を上げた。
「デスマスク……」
 あまりに場違いな声に、シオン様がデスマスクを見る。
「だって初っ端ムウだろ? 俺相性悪いもん、無理無理。通り抜けるだけなら出来ない訳じゃねぇが、馬鹿正直に相手するのは無理。ついでに、変に全員通るよりかは一人くらい死んどいた方がイイ演出だと思う訳ですノ」
 人差し指に青白い炎を燈して言う。
「それに俺役者だから? 派手にやられて見せますヨ」
「実際弱いくせに」
「ンだと!? この魚ヤロウ!!」
「いいのか、デスマスク」
 サガが、そっと問いかける。
「イイも悪いもねぇよ。むしろそっちのが大変だぜ? 最初のムウはこのジジィに任せるとしても」
「誰がジジィだたわけっ!」
「いって! ……この元気なシオン様にムウは任せるとしてもだ、その後の四人は最悪殺さなきゃならねぇ。正面突破な訳だからアイオリアやミロなんかは感情ぶつけてくるだろうよ。そっちのほうが大変じゃねぇのか?」
「それでも……私は」
 サガは、きっと罪滅ぼしのつもりだ。そしてシュラも。カミュは、わからないけれど。
 さて、私はどうするべきか。
「俺は一足先に離脱するって言ってんだぜ? 気遣われるよりも罵られるほうだと思うけどな」
 デスは一瞬煙草を探す振りをして、そんな物が此処にない事に気付いて舌打ちをする。
「どうせサガは上に登りたいんだろう?」
「あぁ」
「シオン様には最後残ってもらわなきゃならねぇし、残り四人で誰がやられ役かっつったら俺以外にはありえませんでショ? と言う訳でデスマスク、突っ込んで華々しく散ってマイリマス」
「私も、デスマスクと行きます。シオン様」
「おいっ……」
「……アフロディーテ」
「こいつ一人じゃ華が無い」
「悪かったな!」
「私は」
 これと言って会いたい人がいるわけでもなし。
「私も、もう思うことは無いので……少しでも欺く事が出来るのなら、喜んで」
 それでこの人を守れるならそれでいいかと。今まで散々近くにいたのだから、そろそろ独り立ちしなきゃあと思わないでもないのだけれど。
「アフロディーテ」
 サガが、私の頭を撫でた。昔のように。
「だからサガ、どうかあっさり私達を見捨てて行って」
 サガは無言で頷いた。
「カミュ、お前ミロと会うことになるけどいいのか?」
 向こうでデスがカミュと話している。
「あいつ馬鹿だから、きっと俺らの事わかってくれねぇぞ?」
「でも、いつか分かってくれる」
「そうか? ま、お前がいいっつーならそれでいいんだがな」
 妙に優しいデス。そういえば、カミュの教育係は彼だったか。
「シュラ、君もアイオリアと会うことになるのだろう?」
「…………あぁ、そうだな」
「時間が少しでも残ればいいな」
「最悪、あの世で言い訳でもするさ」
「アイオロスとサガにも手伝ってもらえ」
「そうだな」
 シュラは笑った。久しぶりに見た。
 そういえば、アイオロスは何処に行ったんだろう。
「それでは三時間後、行動を開始する。それまで各自、自由にしていなさい」
「なんだよ、とっとといっちまおうぜ?」
「冥闘士に邪魔されぬよう手配してくるのだ。監視は少ないほうがいい」
「シオン様、私もまいりましょう」
「よいよい。あいつらに頭を垂れるのは私だけで充分だ。私は戦いには参加できぬだろうからな。これくらいはさせてくれ」
 デスマスクの頭を撫でて、サガに笑い、シオン様は部屋を出て行かれた。
「ちぇ、ガキ扱いだぜ、俺」
「あの方相手では、私でも子どもだよ。デス」
 サガにも頭を撫でられ、デスマスクは参ったように溜息をついた。両手を挙げて降参の仕草をする。それを眺めていると、遠慮がちにカミュが話しかけてきた。
「あの、アフロディーテ」
「どうした?」
 赤い眼が、しばらく宙を彷徨ってから再び私に焦点を合わせる。
「代わりましょうか……私が、デスマスクと」
「いいよ。大丈夫」
 カミュの言葉をすぐさま遮る。そうじゃないといってしまいそう。サガについて行ってしまいそう。代わって欲しいと言ってしまいそう。でも一度口にした事を覆すのは出来ない。しない。してたまるか。
「正直なところ、私はもう疲れたんだ。だから悪いけど、デスマスクじゃないけれど一足先に失礼する。先に冥界へ戻り、皆が来るのを待ってるよ」
 カミュは、納得してはいない顔でしぶしぶ頷いた。
「もし、君がどうしてもミロと会いたくないというのなら代わるけれど、そうじゃないだろう?」
「……………………はい」
「ならば譲る必要はない。辛いだろうけど、それでも君が行きたいのなら行けばいい」
「……はい」
「納得していないだろう」
「…………はい」
「正直だな、君は」
 私が笑うと、困ったようにカミュは眉を顰めた。
「いいのだ。私はもうやりたいようにやったのだから。好きなように生きてきたのだから。その結果がこれなのだから、だから、私はいいのだよ」
 後悔などしていない。私の中の正義として、あれは今でも正しかったと思っている。罰当たりだけれど仕方がない。だって私は悔いてなどいないのだから。
「ミロが、解ってくれると良いな」
「はい」
 視界の隅で、デスが手招いていた。
「それじゃ」
 軽く頭を撫でて、カミュから離れる。デスはつまらなそうに立っていて、私が近づくなり肩に腕を乗せる。
「なぁ、煙草ねぇ?」
「あるわけないだろう」
「どっかにねぇかなぁ……冥闘士だって元は人間だろ? 嗜好品の一つや二つあるんじゃねぇ?」
「探しに行けば? ……って、私も行くのか!」
「口寂しいんです。付き合ってください」
 デスに腕を取られて部屋を出る。彼は適当に廊下を曲がり階段を下り廊下を進み、気付けば人気のない廊下の突き当たり。
「わざと?」
「当たり前。最後なんだし一発やらせて」
「何で私が下なんだ」
「いいじゃん別に。減るもんじゃなし」
「減るよ」
 私はヘッドパーツをとり、彼に口付けた。すぐさまデスは口を開いて、私の舌の裏をなぞった。
「で? 真意の程は?」
 じゅっ、と溜まった唾液を吸って、デスが聞く。
「行きたかったに決まってるじゃない」
「それをお譲りになったのはどうして?」
「私は彼を生かすために行動しそうだから」
「うん、まぁ確かに」
 そういいながら、互いに冥衣を外すために手を動かす。こいつのは冥衣も鋭利なフォルムで、下手すると腕に刺さりそうだ。
「サガの邪魔をしてしまいそうだから。だから行かない」
「はぁ、然様で」
 さっさと人の冥衣を外してしまうとタンクトップをずりあげる。
「ふ、ん……」
 漸く奴の冥衣を外した頃には、既にそこは赤く痛みを訴えるほどになっていた。
「痛い」
「遅いお前が悪い」
 デスは優しくねっとりと舐めあげそう笑う。畜生、と思いながら何処までも刺々しい奴の冥衣を足で蹴飛ばした。
「おいおい邪険にするなよ。聖衣と違って俺を見捨てねぇ大事な相棒なんだから」
「馬鹿じゃないの」
「おぉ馬鹿だとも」
 やっぱりこいつは笑う。
「何で君は死ぬんだ」
「あぁ?」
「何で、君は、死ぬんだ。また」
 もうぼんやり、熱に浮かされながら聞く。私の下肢に顔を埋めていたデスは、それを口に含みながら訝しげな声を上げた。口を放す代わりに中指を突き立て、デスは口を開く。
「今更生き返って正義もくそもねぇよ。俺はアイオロスのように英雄になるのは嫌だからな」
 尊敬され、蔑まれ罵られ、最終的に崇められたアイオロス。彼は今何処に居るのだろう。彼一人、世界の流れから離れて何処に居るのだろう。
「まず柄じゃないし。鬱陶しいし。面倒くさいし。知った事じゃないし。誰も彼も俺を怨めばいい。世の中全てが俺を怨めばいい」
 だんだん沸き起こる感覚に眼を顰める。その狭まった視界でやっぱりこいつは笑っていた。
「中途半端に何かを残すくらいなら全てを棄てる。俺はアイオロスにはならない。だから世界は俺を怨めばいい」
「でも一人は寂しいくせに」
 来いと眼で訴える。それを見てデスは私の両足を抱えて一気に押し進めた。一瞬触れた彼の腕と私の足の冥衣が音を立てる。
「こんな、とこで、私を抱いてるくせにっ……」
 その瞬間もこいつは笑っている。畜生、同期のヨシミはないのか。シュラにも笑うのか。きっと笑う。きっと今より笑う。ならいいか。多少は私のほうがましか。
「お前はいいのかっ……最後に触れたのが俺でさ」
「いいよ。憧れと、現実は違う、から」
 私は私の中の彼を私の中での高みから落としたくない。堕ちて欲しくない。
「そ」
 四の五の言うのが面倒くさくなってきたのか、デスはただ激しく突き上げた。
 本当はこいつとセックスするのは嫌いだ。ただ苦しいだけで全然よくない。切ないばっかで全然よくない。こいつに切ないのかサガに切ないのかシュラに切ないのか世界に切ないのかわからなくなるばかりで全然よくない。
 ただただ私の想いばかりが湧いて溢れて零れるばかりで全然よくない。
「ふ、あ、は、くぁっ、あぁ、はっ」
「冥闘士共に聞こえるぞ」
「知ったことじゃないっ」
「あぁ、そうだな」

 訳も無く泣きたくなるばかりで全然よくない。



「腰は?」
「ヘーキ」
 ワザとらしい黒いぼろ布。それを全員で頭から被る。
「悪役らしくていいじゃねぇの」
 デスは本当に楽しそうに、まるで悩みも迷いも無いように笑う。というか、きっとこいつは持ってないだろう。自分を揺らすものなど何一つ持ってないのだろう。私やシュラでさえこいつを揺らせないんだろう。そう思ったら腹が立ってきた。何で私はこいつにやられたんだろう。以前も確かにやられてはいたがやってもいたんだ。最後に私も抱きゃよかった。
 そう思ったら、無性に悔しくなってきた。
「デス……」
「あ?」
「やらせろ」
「は?」
「冥界でも何処でも落ちた先でやらせろ。よくよく考えれば私が下に回る義理など無かったんだ。あぁもう、失敗した。という訳でずっと付いて回るから」
「はぁ?」
 よし、すっきり。未練も何もなし。
 サガ。ごめんなさい憧れの人。でも現実はこっち。
 さようなら憧れの人。切なく切なく苦しくなるほど切ない憧れの人さようなら。貴方の所為で死んだ一度目。貴方の為に死ぬ二度目。後はもう自分の為に行こうと思う三度目があれば。いい加減私も現実を見ようか。その現実の最初がこいつかと思うと些か減滅しなくも無いが。
「お先に、サガ」
「あぁ」
「次があったらそのときは、普通に貴方と話がしたい」
「あぁ」
 一回、がっちりと握手をして、別れた。
「イザカマクラ!」
「何処の言葉さ」
「この世の何処かの言葉さ」
「意味は」
「勢い良くいきまショってことじゃねぇの?」
「ふーん」
 向こうでシオン様が苦笑している。きっと違うな、意味。
 ま、いいけれど。
「合言葉は?」

『冥界の底でベッドイン』

 死んだら馬鹿になりました。
 責任取って下さい神様。