よろしく未練




 何で俺が最初なんだろう。
 そう思った。
 何で、俺が最初なんだろう。



 煙草の煙が宙に消える。
 俺を含めそれぞれがそれぞれの宮で待機していた。
 あぁでも、俺が最初なんだろう。
 そう思う。
 ムウは本より反教皇派だから青銅達に付くだろうし、と言うか付いてるし、アルデバランは一応従ってはいるものの迷いがあるだろうからきっと負ける。但し死にはしないだろう。あいつを殺せるような奴に俺が単純、力勝負で勝てるはずがない。きっと全員が双児宮に行く。そこでサガが多少ちょっかいを出すとはいえ一人二人がやっとだろうし、とすればここまで青銅の誰かが来る確立は百パーだ。絶対だ。そして俺が最初に死ぬ。
 わかってるさ。その日がいつかは必ず来るし女神は此処には居ないし俺達は、いつかは女神の為に死ぬんだ。その為に此処にいる。その先陣が俺だ。ただそれだけだ。わかってる。
 でも、何で蟹座はこの位置なんだろう。だったら俺、牡羊座でもいいじゃん。一番最初の宮だろ、一番最初に死ぬじゃん。っていや、そうじゃなくて。俺は、もっと後がいいんだ。第一先陣って柄じゃないだろ。先陣ならシュラだろ。迷わず突っ込んで死ぬだろあいつなら。一番最後がアフロディーテだからまだいいが、これで最後がシュラなら何か気の毒だ。呆れて笑うくらい気の毒だ。まぁ俺が最後になれないとしてももう少し宮が上なら良かった。そしたら俺が死んでからあいつらまでそんなに時間をかけずに昇っていくのに。
 最後の一息を思い切り呑み込みそして吐き出す。
 どうにもならない事だ。俺が蟹座なのは動かないし動かせない。それに他の奴らにこの聖衣が似合うとも思えない。いいじゃないか、この鋭いフォルム。俺でも何度か刺したよ、自分を。
 今までのは全部俺のわがままだ。絶対に叶えられないからこそ言いたくなる俺のワガママ。そうさ、マイマザー。我らが女神。全て貴女の意のままだ。
 畜生。
 短くなった煙草を灰皿に押し付ける。ヘッドパーツを片手に俺は部屋を出る。
 知ってるよ、ガキの頃に感じた小宇宙が白羊宮の下にあることなんて。誰が本物かなんて聞く奴が馬鹿だ。俺の正義は此処にあったんだ。それだけで充分だ。だから貴女の為に死んでやるよ我らの女神。小さな赤ん坊の頃しか知らないがきっと綺麗になってんだろう。そんなアンタの為に死んでやるよ。そして冥界への道は綺麗にしておこう。いずれアンタが通るだろうから。
 ヘッドパーツをかぶる。すぐそこに青銅の小宇宙がある。
 このくらいは許してくれ。どうせすぐ死ぬんだから。負け犬の遠吠えと思って聞いてくれ。その広い心で許してくれ。限りない愛でもって許してくれ。
 アンタが来なきゃずっと平和だったんだ。



「…………死にたくねぇな」
 深いため息に混じった微かな煙草の臭いが、無様に生にしがみ付こうとしている俺のようで笑えた。