麗しき春の訪れ




 アイオリアが磨羯宮にある居住区のドアを開けた途端、大きなくしゃみが聞こえた。
「シュラ?」
 ダイニングのドアから中を覗けば、椅子に座ったシュラが箱ティッシュを抱えながら鼻をかんでいるところだった。
「……アイオリアか」
 少々鼻声でシュラが答えた。
「花粉症か?」
「あぁ。忌々しい季節だ」
 手首のスナップを利かせて抛ったティッシュは、見事な放物線を描いてゴミ箱に納まる。
「俺には良く解らんのだが、やっぱり辛いのか……」
「辛いなんてものじゃない」
 シュラは一つ溜息をついて机に突っ伏した。
「鼻は詰まるわ眼は痒いわくしゃみは止まらないわ……夜中に息が出来なくて起きるし外に出れば涙が止まらないし痒くて前が見えないし鼻水は垂れるし……とにかく、もう、最悪、だっ!」
 最後は箱ティッシュを握り締めて力説する。それをどうどうとアイオリアはなだめた。
「オマケにディーがバラを育ててるし……風上なんだよあいつの宮は」
「バラも駄目なのか!」
「いや。気分だ。この時期は全ての花粉が敵に見える」
 真っ赤な鼻をしながらアイオリアにそう訴えるシュラの目はとても真剣だった。もし花粉が眼に見える程度の大きさを持ち尚且つ有限であったならば、この男は何処までも追いかけてその右手で真っ二つにしていたであろう。
 それにしても、普段何があっても動じないようなシュラが、赤い眼と鼻をしてヘタっている姿は見慣れないゆえに何となく新鮮だ。アイオリアは隣に立ち、その赤い鼻を軽く弾いて笑った。
「何だか可愛いぞ、シュラ」
「アイオリア……」
「何だよ……っ!」
 シュラは椅子から立ち上がってアイオリアの腰を抱きこんだ。
「誰が何だって?」
 普段と違う少し鼻にかかった低い声が、アイオリアの耳に吹き込まれる。その声に身体を振るわせつつも、負けじとアイオリアはさっきの台詞を繰り返す。
「シュラが可愛いって云ったんだ。こんなに赤い鼻でさ」
「まだ云うか」
 空いた手でアイオリアの顎を持ち上げ、シュラはいつもの笑みを浮かべる。アイオリアはこれから起きる事に身を竦ませ、思わず目を瞑った。



「へっぶし!!」

『…………』

「ライトニングプラズマー!!」



 まだまだ花粉症の時期は続く。