流星数多




 星を眺める。
 よく、この場所で星を見せてもらった。その腕には重かっただろうに、私を抱き上げて星を指差して。あぁ、不意に崖下を覗き込んでしまい、怖いと泣き叫んだ事もあった。それからあの人は、家の側で私を抱き上げるようになったのだっけ。明るいからと家の灯りを消して、崖の淵が見えない家の側で、私を抱き上げて星を見せてくれた。

 がっ。

「!?」
 急に生えた手が私の足の側を掴む。
「ふんっ!」
 次いで現れた顔と、視線が合う。
「あ、いおりあ?」
「あぁ。やっぱりここにいたか」
 擦り傷だらけの顔は、そう言って笑った。
「貴鬼が探していたぞ」
 少し怒ったようにアイオリアがいう。そういえば、何も言わずに出てきてしまった。
「何も言わずに残されるのは辛いのだ。戻ると、せめてそう一言言ってから行け」
 貴方も残された側でしたっけね。そういえば。
「で? こんなところで何をしている」
「星を見てるだけです」
「星など下からでも見えるだろう」
「…………そうですね」
 スターヒルは教皇だけが入る事を許された土地。専用の入り口もあるのだが、教皇意外にそれを知るものはいない。ということはこの男、馬鹿正直に崖を登ってきたのだろうか。馬鹿だ。
「サガの事だろう」
「!」
 その馬鹿に確信を突かれて、取り繕う事もできずに私はアイオリアを睨んだ。
「何悩んでるんだ?」
「別に、悩んでなどいませんよ」
「まだ恨んでいるのか」
「悪いですか!」
 腹立たしいったら。
「恨んじゃいけませんか! 憎んじゃいけませんか!? 当然でしょ、シオンを殺したのだから! そのくせ自分だけ生き返って、シオンは結局死んだままで。分かってますよ。生き返る生き返らないは自由意志なんでしょ。女神にそういわれましたから。だからシオンが生き返らないのはあの人がそう望んだからなんでしょうよ。えぇ分かってますよ!」
 よりにもよってこの男の前で。
「貴方はどうなんですか? そんな涼しそうな顔して。アイオロスを裏切ったサガと殺したシュラ。憎いんでしょう?」
「そうだな」
 あっさり言い放った。この馬鹿。
「ただ十三年間は長かった。俺にとって、その思いを抱き続けるにはあまりにも」
「じゃあ貴方の傷の責任は誰にあるんです? シュラもサガも、誰も悪くないというならその傷を負わせたのは一体誰ですか!?」
「だから、俺はお前が羨ましいよ。ムウ」
「…………」
「その怒りを消す事無く今尚燃やし続けられるお前が羨ましい」
 馬鹿。馬鹿。何度言っても言い足りない。
「もし、お前がサガを殺したいと思うのなら、そのときは手伝おう。一対一なら千日戦争になるかもしれないけれど、二人なら大丈夫だろう。お前の前に、サガの頸を晒す事を手伝うよ」
「いいですよ。やるときは一人でやります」
「そうか」
 穏やかに、馬鹿な獅子は笑って星空を見上げた。
「馬鹿ですね。貴方」
 沈黙に耐えられなくなって、私はそう言った。
「平和って辛いな」
 自分の気持ちの整理も出来てないのに人に説教しに来るなんて。
 あぁ、泣きそうだ。
 十三年前のあの日以来泣いたことなんてない。一体どうやって泣くのかも忘れた。
「戻りましょう」
 勢いよく立ち上がって、服に付いた草を払う。
「そうだな」
 この馬鹿な獅子は十三年前のあの日、泣いたのだろうか。



「ムウ様ぁ〜〜!!」
 白羊宮の入り口の階段に、貴鬼が座っていた。軽く手を振った私に気付くと、貴鬼はテレポーテイションで目の前に飛んできた。
「ぶ。」
 アイオリアを巻き込んで派手に倒れる。彼を下敷きにしたおかげで私も貴鬼も身体を打たなかった。
「ムウ様、ムウ様っ!」
「すみませんでしたね、貴鬼」
 普段はしっかりしているのに、こういうところはまだまだ子どもだなと頭を撫でながら思う。そう、私がこんな年のとき、シオンは死んでしまった。
「も、せっか、く、生き返ったのに! おいら、また、ムウ様が、死ん、じゃった、んじゃ、ないか、と!!」
「すみませんでした。今度は一言言ってから出かけますよ。あぁ、もう貴鬼そんなに」
 びーっ! と貴鬼の泣き声が大きくなる。あぁもう、私が悪かったですってば。涙がじんわりと服を越えて肌に染みる。あぁもう本当にごめんなさい。
 だいぶかかって泣き止んだ貴鬼の鼻を服でかませてやる。その服は脱いで貴鬼に持たせ、私は貴鬼を抱き上げる。貴鬼は恥ずかしがったけれど、私が抱きたいのだといって抱きしめた。いつの間にこんなに重くなったんだろう、この子は。
「それじゃ、俺は戻る」
 ずっと下敷きになったまま文句一つ言わなかったアイオリアが、白羊宮に着いた後、貴鬼の頭を軽く叩いてそう言った。
「ありがとう、アイオリア」
 小さく鼻をすすって、貴鬼が言う。
「アイオリア」
 背を向けかけた男を呼び止める。
「貴鬼、申し訳ありませんが、今日はアルデバランのところで寝てくれませんか?」
「え?」
「アイオリアと話があるのですよ。少し、長くなってしまいそうなので」
「おい、ムウ?」
「明日からはずっと、貴方と一緒に居ますから。ね?」
 貴鬼は少し寂しそうな顔をしたけれど、明日からの約束で顔を輝かせて、大きく頷いてくれた。そして私の腕から飛び降りて、勢い良く駆けていく。
「ムウ?」
 訳の分からないという顔でアイオリアが問いかける。
「さ。付き合って下さい」
「え、え?」
 そうやって貴方は馬鹿面を晒していればいい。
「吐くまで呑みますよ」
 そんな迷子になったような顔をして。捨てる事も抱える事も消化する事も出来ないんでしょ、どうせ。貴方、不器用だから。
「大丈夫です。結構貯えてありますから」
「貯えるって……」
「付き合いなさい」
 だから吐けばいい。全部。丸ごと。
 後ろで、アイオリアが苦笑した。