洗えれば良かった?




 服は、一日おいて返ってきた。綺麗に洗われ畳まれ何事もなかったかのように。
 でも一日おく前の俺は返ってこない。だから悔しい。

 デスマスクは服を返すときにも俺をやっていったし、その後も二日に一度、下手をすれば毎日やってきた。獅子宮にきて俺とやって帰っていく。それだけ。
 本気で抵抗をすれば奴が無理強いをしないのはわかっている。それでもやられ続けていたのは、最初の一回があまりに強烈過ぎてデスマスクを多少なりとも恐れていたのと。
 ただ、単に。
「気持ち良いだろ?」
 それは、本当に、全く、嫌になる事、だったけれど。
 何時しか俺は止めろと言わなくなっていた。
 デスマスクが俺を飲み込み俺の上で腰を振りよがり喘いでいる姿を見ると興奮した。
 少し、触れてみたかった。
 少し、動いてみたかった。
 俺は完全に飲み込まれていた。
 その日もデスマスクはやってきて、当然のように俺を咥え込んだ。
 俺はだんだん荒くなる息の下、しばらく迷ってからそっと、震える手を伸ばした。拒まれたらどうしよう。この好奇心が満たされないまま捨てられたらどうしよう。でもきっと、彼は拒まないはずだと何処かで信じていた。そしてその願いは受け入れられた。
 デスマスクはニヤリと笑って俺に囁く。
「いいぜ。来いよ……」

 俺は、初めて自分からキスをした。



「ふっ、あ、はっ、あぁっ」
「っ…………ぁ、デスっ」
 顔を寄せると、デスマスクが腕を伸ばして俺の頭を抱える。俺は舌の感触と背筋を走る快感に目を閉じて腰を動かした。
「デス、デスっ」
「はっ……がっつくなよ、逃げねぇって」
 最初は良かった。ほんの僅かな軽い罪悪感を感じるその好奇心は充分に満たされたから良かった。でもその後がダメだ。何でこんな事になったのかとか、デスマスクは何で俺のところに来るのかとか、そもそもデスマスクは何でこんな事をしているのかとか。
 良く考えればわからない事だらけだ。馬鹿じゃないか俺は。何もわかってないのに引き摺られるままになにをやってるんだ。
「……ぁっ」
 あぁ、でも止まらない。

「デス、シャワーは?」
「…………あとで」
「そうやって前酷い事になっただろう」
「うるせぇな。テメェががっつくからだろうが」
「ぅっ……スマン」
 うつぶせになったデスマスクの背中に紅い痕が見える。俺がつけたのではないそれは、そう古いものではないようにみえる。もしかして今日こいつが少し疲れたように見えたのはこの所為だったのか。相手は、誰なのか。……それは俺の知るところではないけれど。
 俺は一度部屋を出て、再び戻ってきた。ほんの五分ほどだけれど、デスマスクはもう寝に入っていた。しわくちゃになったシーツで彼を包み抱き上げると、一瞬震えてからうっすらと目を開きあたりを見渡す。
「なぁ……」
「ん?」
 気にも留めずに俺は歩く。
「俺、今、すんごいカッコ悪い事になってねぇか?」
「そうか?」
 たかが横抱きくらいで。いわゆるお姫様抱っこくらいで。
「…………はぁ」
 諦めたデスマスクを風呂場へ連れて行く。
「じゃ」
「おいコラ」
 後ろを向きかけたところをつかまる。
「何だよ」
「お前、ここまでしたなら後もやれよ。至れり尽くせりを俺にしろよ」
「……は?」
「どうせお前だって後で風呂入るんだろ。一度にすんでいいじゃねぇか」
 相当疲れているのか相当眠いのかあるいはその両方か。その据わった目に俺は大人しく頷いて羽織っていたシャツを脱いだ。逆らったらきっと積尸気へ飛ばされただろう。
 ナカダシしたものをかき出し彼の髪と身体を洗った頃には俺のほうが疲れていた気がする。精神的に。今更何をと言われても恥ずかしいものはまだあったりする。そして暫くはなくなりそうにない。
「…………」
 デスマスクを連れてくる前にはった湯の中で、彼はうとうととまどろんでいた。
「寝るな」
「……あぁ」
 そんな会話をさっきから繰り返している。小さい湯船に二人はとてもじゃないが入れないので、俺は身体を洗ったあととっととバスローブを羽織ってデスマスクを外から見張っていた。
「なぁ……」
 何で俺のところに来るんだ。何で俺とやっているんだ。何でそんなことしてるんだ。
 その。
「……あぁ?」
 痕を付けたのは誰だ。
「いや、何でもない。そろそろ出ろ。のぼせるぞ」
「あぁ……そうだな」
 尽くせと云った割にデスマスクは自分で服を着た。彼にペットボトルの水を渡して、俺はシャツを着なおしベッドのシーツを直した。
「じゃ」
 中身の残るボトルを俺に手渡したかと思うと、デスマスクはさっさとベッドに潜り込んで寝てしまった。寝付くまでに十秒もかかっていない。それを見てから、俺も残りの水を飲んであいたスペースに潜り込む。
 そこで気付いた。
 何でデスマスクはここで寝ているのだろう。
 今まで彼はここで睡眠を取ったことなどなかった。いつもやった後はシャワーを浴びて帰っていたのに。どんなに早かろうと遅かろうと疲れていようとなかろうと、彼は自宮に必ず戻っていったのに。
「…………」
 だから寝顔なんか初めて見る。睨んでいる訳でもなく、煽っている訳でもなく、ただそこにあるその寝顔。
「!」
 知らず知らずのうちに顔を近づけていた。そのだいぶ近くなった距離で、急にデスマスクが瞼を開く。
「教皇」
「……え?」
「俺の相手。俺の背中に痕を付けた奴。お前が最初に聞いた、あの時の、俺の相手」
「…………」
「おやすみ」
 少し身体を捻って俺にキスすると、デスマスクは再び瞼を閉じて今度こそ寝てしまった。



 デスマスクの寝息を聞きながら、彼の寝顔を眺めながら、俺はただただその衝撃に、眠れない夜を過ごした。