猫は去る。




「この傷は?」
 その瞬間、デスマスクはしまったという顔をした。
 単なる擦り傷のような。裂けた皮膚を繋いだ、痕のような。
「……なんでもねぇよ」
 触れるだけのキスに色を混ぜて、デスマスクはそう呟いた。
「何で、お前はあの方の許へ行くんだ」
 今日は何故だか頭がすっきりしている。
「呼ばれるからさ」
 ワザと混ぜられたその色に、前なら考えるのをやめてその誘いに乗ったのだろうけれど。
「俺が呼び止めて、良かったのか」
 なんだろう、今日は駄目だ。
「お前が気にする事じゃねぇ」
 無理やり抱きすくめようとしたデスマスクの腕を、掴んでベッドに押し付ける。
「これ、その所為じゃないのか」
 手首と肘のちょうど真ん中に見える赤い線に口付けた。
「折られたんじゃないのか」



 日が経つにつれ、デスマスクの身体につく傷跡は増えるばかりだった。
 それは、おそらくは自分のせいなのだろうと思う。
「……好きだ、デス」
 互いに荒い息の中、背後からデスマスクを抱きしめながら俺は云った。
「そいつはどーも」
 余韻に目を閉じながらデスマスクが答える。ズルリと中から自身を引き抜けば、眉を顰めてそれに耐えた。
 風呂場へ彼を連れて行き、いつもするように隅々まで彼の身体を洗う。デスマスクが煽れば乗って、タイルの壁に彼を押し付けて奥まで犯した。いつものように。
 ベッドでペットボトルの水を半分ずつ飲み、デスマスクはいつものようにベッドの半分を占領して眠りに就こうとした。俺はそれを、ベッドに入らぬまま眺めた。
「何だ、寝ねぇの」
 いつもならすぐに隣に潜り込むはずの俺がベッドに入らず目の前に立っているのが気になるのか、デスマスクは眠そうに瞬きしながら俺を見上げた。
「そこでは寝ない」
「ふーん?」
 じゃあ何処で寝るんだと言いたげに彼は俺を見やり、でも眠さが勝ったのか瞼を閉じた。

 最初に許したのは俺だ。
 そして引き止めたのも俺。
 なら、終わらせるのが俺だって変じゃない。

「さよなら、デスマスク」

 お前が選べないなら俺が選ぶ。
 お前にとっては気紛れだったのかもしれないけれど、それでも楽しかった。
 だからさよなら。
 お前がそんな目にあっても側にいたいと思う人から、お前を奪うなんて俺には出来ない。



 翌日ソファの上で目を覚ました時には、部屋の何処にもアイツの気配は感じられなかった。