そして
空は憎らしいほど青く晴れ渡っている。
何処も彼処も女神が戻られた事で喜びに湧いている。その慈悲でもって、サガ達も黄金聖闘士として墓地に埋葬される事になった。サガとアフロディーテ、カミュの遺体は先ほど十二宮を下った。遺体のない兄さんとデスマスク、シュラも棺が作られるという。
俺は、巨蟹宮の入り口で腹の立つほど青い空をただ見上げていた。
始まりは最悪だった。
終わりも最悪だった。
だから、これ以上自分の中に残る人間はもうないだろう。
「跡形もなく消えるとはな」
十四年前、自分の全く知らないところで始まったそれは、やはり自分の知らないところで今日収束を迎えた。術にかけられ正気でなかった俺は、何も解らないまま自分の出番を終えた。だから当然あいつが死んだ瞬間なんかはっきりとは覚えてなくて、教皇がサガだとわかったときも、今ひとつ現実と繋がっていなかった。ただ、自分の宮から下に一つ二つとぽっかり開いた穴が、否応もなく現実を見せ付ける。
主を失った巨蟹宮は、ひしめいていた死仮面も綺麗に消え失せ静まり返っていた。つい何時間か前までは、ここにあいつがいたはずだ。それを覚えていないのが何とはなしに苦しい。
『悪くねぇよ』
そう自分の名前を呼んだ声を覚えている。
悪くなかった。本当に。
あの日々は本当に悪くなかった。
最初に許したあの日から、最後に背を向けたあの時まで。
決してその日々は悪くなかったんだ。
「楽しかったよ」
そう、口にすればたったそれだけだけど。
巨蟹宮の広間で、最上段に立って入り口を見下ろす。
何を思ったのだろうか。考えても仕方のない事を考える。
聖域の事、女神の事、サガの事。その間に、少しでも俺は居ただろうか。
「……なんてな」
苦笑する。他に何ができただろう。
その時、広間の中がざわついた。覚えのある小宇宙が、入り口に収束する。それは見る間に形を成していく。その小宇宙を間違うはずもない。見慣れたそのフォルムを間違うはずもない。そこに現れたのは蟹座の聖衣だった。
青銅の話では黄泉比良坂であいつは死んだのだという。
来るべきその日の為に、この世に戻ってきたのだろうか。
お帰り。よく戻ってきたな。
だがもう今はいいよ。ゆっくり休め。それくらいは許されるだろう。
「おやすみ。また、いつか……」
空はただただ、本当に、青いばかりだった。
- [07/06/06]
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