おめでとう




『アイオリアのバカッ! わからずや! わーん!!』
 何がわーんだ。
 兄さんはとりあえずそう叫んで獅子宮を飛び出した。壁を通り抜けて。

 世に言うかどうかはわからないが所謂サガの騒乱が終わり、ポセイドンとの戦いも終わり、聖戦への道を着実に歩きつつあるそんなある日。枕元に兄が立った。
『よ、アイオリア。大きくなったなぁ』
 死んだ時より年が加算された姿ではあったが、紛れもない兄、アイオロスの姿に完全に覚醒せぬまま抱きつこうとして頭から壁に突っ込んだのはまだ記憶に新しい。
 夢かと思っていたが朝になっても消えず、十二宮を連れまわした所、俺以外にも見えるらしい。ムウは見たとたんに除霊を始め、アルデバランは胸の前で十字を切る始末。シャカもムウと同じく御祓いに入りこっちは危うく成功しかけた。ミロは驚かず兄さんの肩を叩こうとしてスカしてこけた。
「で、何の用?」
『冷たいぞ、アイオリア。せっかく久しぶりに会ったって言うのに感動はないのか』
「あるよ。感動はあるけど、あるけどさ…………」
 色々複雑な思いが入り乱れて一体何を言えばいいのか。恨み言なら山ほど。泣きたい事も山ほど。でも一体何を言えばいいのか。
『実はさ、ほら、今日は私の誕生日だろう? ワインが呑みたくて』
「は?」
『ワイン。赤とか白とかロゼとかの』
「うん、いや、そのくらいはわかるよ?」
『ほら、兄さんさっさと死んじゃったろ? こっちも一段落したようだしさ、お願いできないかな〜って』
「それだけの為に?」
『な、頼むよ。墓石あるだろ? そこにかけてくれるだけでいいから』
「さっさと成仏しろっ!」
 俺は近くにあった白い粉をまいた。魔鈴の国ではそうするらしい。本当は塩らしいが砂糖でも一緒だろう。
『何だよ、ひどいな!』
「ひどいのはどっちだ! こっちはあんたの所為で大変だったんだ!! ずっと、ずっと大変だったんだ!! サガも、シュラも、デスも、アフロディーテも、カミュも、皆死んで、大変だったんだ!!」
 えぇい面倒と、最後には入れ物ごとアイオロスに投げつけた。当然すり抜けて向こう側の壁に当たり、砂糖が辺りにばら撒かれる。
 そして。
『アイオリアのバカッ! わからずや! わーん!!』
 となるわけだ。
 全く、どっちがわからずやなんだよ。泣きたいのはこっちだよ。
「兄さんのバカ」



「………………寒い」
 マフラー巻いて正解だ。昼間でも寒いのに夜だから尚更だ。
 どっかりと、兄さんの墓の前に腰を下ろす。どうせこの下の棺桶は空なのに。勿体無い。
「ほら……何がいい」
『…………赤』
 キュポンっ。
 シュラがいれば瓶の口を切り落としてもらえるのになと、コルクを脇におきながら思う。体を少し前に倒して墓石の上に注いでやった。飛沫が白いズボンを赤く染める。冷たい。
「おめでとう、兄さん」
『ありがとう。アイオリア』
「俺のときにも出てきてくれれば良かったのに」
『行きたかったんだけどな。ごめん』
「いいよ」
 グラスなんて持ってこないので、残ったワインを直接飲む。
「二十七か」
『お前が?』
「兄さんが」
『冗談だって、怒るなよ』
 兄さんは直接飲めないから、墓石の上に浮かんでこっちを見ている。その前で、俺は一人ワインを飲んでチーズを食べた。どっちも銘柄なんて知らないけれど、まぁ、そこそこ美味しかった。
『リア、ごめんな』
「なに?」
『色々。ごめん』
 赤を飲み干してしまったので、白を開ける。持ってきたのは二本だからこれで終わり。
「いいよ、別に」
 さっきよりはそっと、墓石に降り掛けた。
「何されたって許すしかないんだ。兄弟だからな」
『リア……』
「喧嘩ならあの世でしよう。すぐに俺たちも行く事になるだろうから」
『待ってる、何て、言いたくないけどな』
「気にする事はないよ。自分で選んだ道だからな。俺も、貴方も」
 白を飲み干し、コルクをチーズの空袋に放り込み、俺は立ち上がった。ズボンに付いた土を払って、ゴミがないことを確認する。
「それじゃ、俺は戻る」
『あぁ』
「誕生日おめでとう、兄さん」
『ありがとう。リア』
 俺は兄さんをその場において、踵を返した。
『ちゃんと毛布をかぶって寝るんだぞ』
「もう子どもじゃない。大丈夫だ」
 振り返らずに手を上げて答える。たまに布団を落とす癖が治っていないのは伏せておこう。知っているかもしれないけれど。
「またな」
 あぁ、また。
 そう兄さんが返した気がした。



 また。
 いずれ約束の地で。