不覚の保健室
保健室に行ったら、取手がいた。
入った瞬間に分かる。気配というか匂いというか予感というか、まぁそういうものを感じ取ったわけだ。葉佩の第六感はよく当たる。
いま白衣姿のコワーイ彼女の姿はない。葉佩は頭を何度か掻いて逡巡した後、ベットを隠している薄手のカーテンをそっとめくってみた。
「……あったりぃ〜」
自分の第六感の冴えっぷりを確認してから、葉佩はもう一度布団にくるまる取手の顔をしみじみ眺めた。
血色は悪い。よく貧血で倒れないなと思う。
肉付きも悪い。もう少し太っておかないと、災害時に栄養失調になりそうだ。
髪も脂っ気が抜けててパサついている。せめてシャンプーを自分用に買えばいいのにと葉佩は思う。
布団から除く指だけが酷く綺麗な線を描いていて、繊細な作りをしている。が、やはり血色は良くない。
造形が整った顔立ちだが、顔色の悪さと頬がそげているせいでハンサムとはあまり言いがたい。眉も薄すぎるし、顔にかかる前髪が陰気な雰囲気を助長している。
(……ぜんっっっぜん好みってわけじゃないのになー…)
改めて「カレシ」の顔を眺めて葉佩は思う。
なのになんであんな風にドッキリしたんだろうと、初対面の時を思い出す。
あの時は、確かにドッキリしたのだ。尤も、あの時は押し倒す気でいたのであって、押し倒される気は毛頭なかったのだが。
そう、押し倒されて、そして初めてセックスをしたときもひどくドッキリした。
遺跡で後ろから抱きかかえられたときだってドッキリしたし、廊下ですれ違っただけの時も、実は本当はドッキリしたのだ。
そして今でも、ドッキリしっぱなしなのだ。
「これがコイってやつなんだかねぇ」
首を傾げてもう一度じっくり取手の顔を眺め回してから、葉佩はカーテンを閉めた。
取手に占領されているなら仕方がない、葉佩も寝に来たのだ。だがもう一方のベッドにもカーテンがかけられていた。
嫌な予感がした。
端から除けば、そこには見慣れたモジャ頭があり、やっぱりか…と溜め息をつきながらまたカーテンを閉める。
だからルイちゃんはいないわけね…と得心すが、かったるい英語をさぼって昼寝したいという欲求は治まらない。
屋上でゴロ寝するには、今日は風が強いしもう寒い。
「……」
その時ふと頭に浮かんだ考えに、葉佩はまた深々と溜め息をつく。が、すぐさま「まいっか」と思い直すと、また取手が眠るベッドのカーテンを開けた。
「おっじゃましまっすよーっと」
口の中で小さく言いながら、容赦なく取手を反対側に押しやる。出来た隙間に無理矢理体を突っ込むと、ぼうっとした表情でこちらを眺める取手と目が合った。
「んだよ。悪ィか?」
寝床泥棒とは思えないふてぶてしい態度で葉佩は言う。
取手はほぼ寝ている状態らしく、とろんとした目で葉佩を見つめている。が、瞬間
にこっ
「…ーーーーーッ!?」
葉佩がかろうじて絶叫を呑み込む程の甘い笑顔を見せた取手は、長い腕を伸ばして葉佩の体を絡めとった。
「っおい!こら!」
腕の中で葉佩はモゴモゴと呻くが、取手はもうすやすやと寝息を立てている。
狭い視界の中に、ひどく幸せそうな取手の顔が入ってきて、葉佩は暴れるのを諦めた。頭痛など、とっくに治っているのだろう。
「ったく……お前の方がぜってー、カワイイし!」
こっちが掘るつもりだったのに、なんで掘られなきゃいけねーんだよ!と、褥の不満を口の中で愚痴る。
せめてもの復讐と、顎に軽く噛み付いてやってから、葉佩は力を抜いて瞼を閉じた。
あー、やっぱこっちのがあったけぇわ、と思いながら、葉佩は眠りに落ちていった。
「平和な光景だな。ん?」
「……」
「なんだ、妬いているのか?」
「ーーーッ!なわけねーだろっ!」
「ふふっ、羨ましそうな顔をしていたのでな」
「してねーよ!」
珍しく先に起きだした皆守と、戻ってきた保険医に、散々鑑賞されていたことを、二人は知らない。