いんげん
「っおぉおぉぉ…………ッ!」
低いうめき声が、台所から聞こえてきた。
普通こういう声を上げるのは龍麻の役目なのだが、冷蔵庫の前で跪いて唸っているのは、何を隠そう闇の狩人壬生紅葉であった。
仕事帰りの証である黒いコートのまま、壬生は絶望的な顔で冷蔵庫を覗き込んだ。
冷蔵庫の中身は、切ない程に何もなかった。
「僕が悪いんだ……」
冷蔵庫の虚空に向かって、壬生が切々と語り始めた。秀麗な眉は顰められ、切れ長の目には哀愁が漂っている。
「今は龍麻が帰ってきているというのに…つい先日までの一人暮らし気分が抜けないで食材を少なめに買ってきてしまったんだ……。龍麻の一人分は僕の二人分だというのに…そう、里芋もニンジンもシイタケも鶏肉も…昨日の内に食べ尽くされていたんだよね……。そんな事実を忘れてお使いも頼まず、仕事に行って帰りは遅く、これから買い物に行く気なんかこれっぱかしもないにも関わらず、腹は減って何でもいいから食べたい気分……だけど冷蔵庫の中には!」
くわっと壬生は瞠目して冷蔵庫を指差した。
「卵!インゲン!そしてタマネギ!」
稲妻が走り、雷鳴が轟いた。
銀の鱗に身を包んだ優美な龍が、天上から地上目指して駆け下る。
「何を!食べろと!言うんだッ!!」
仕事で殺伐とした気分になっていたところに空腹が加わり、壬生紅葉の苛立は最高潮に達していた。
いつもはこういう場合に備えてクラッカーやらインスタント麺やらが買い置きされているのだが、運の悪いことにこれも今は切らしている。
のろのろとした仕草で壬生は冷蔵庫の蓋を閉めると、眦に涙を浮かべて立ち上がった。ふらふらと所在ない動きは、うちひしがれたと形容するにふさわしい姿だった。
「………み、ぶ、君…?」
痛々しい恋人の姿に、龍麻は困惑して眉を八の字にした。おずおずと差し出された手を、壬生は振り払うこともしない。
「ふ……笑ってくれ、龍麻。今夜は夕飯抜きだよ……」
「何が残ってるの?」
泣きそうな顔で笑う壬生に頬を寄せながら、龍麻が言う。
「残ってる?残ってるなんてもんじゃないよ」
自嘲的な笑みを浮かべながら、壬生は大仰に肩を竦めてみせた。
「卵、インゲン、そしてタマネギ。オムレツでも作れって?でもね……卵は二個しかないんだよ!」
悲痛な声で、壬生が龍麻に縋る。
「こんな材料で何を作れというんだい!?」
「紅葉……」
半泣きになってる壬生を見て、龍麻も悲しげな声を上げる。
思わずぎゅっと抱きしめて、壬生を落ち着かせる。壬生のお腹がぐぅと鳴った。
「確かに壬生君のレパートリーじゃ作れないかもしれない。でもね、忘れてない?俺の料理」
にっこりと笑う龍麻を見て、壬生が驚き目を見開く。
「でも…さすがの龍麻でも………!さすがの、手元にあるもので何が何でもとりあえず食べれるものを作る才能ばかりに溢れてレシピ通りには到底作れないズボラを地でいく君でも、卵とインゲンとタマネギじゃ……!」
「紅葉」
壬生の言葉を遮って、龍麻が甘く微笑んだ。
「黄龍の器に、不可能はないんだよ?特に」
冬の風に晒されて、冷えきった頬を両手で包む。
「壬生君のためなら、ね……」
白い歯キラリーン。
もまいら、いい加減目を覚ませ。
★緋勇龍麻の簡単15分クッキング★
インゲンは軽く下茹でしておきます。
あんまり長く茹ですぎると、色が悪くなるから要注意♪
インゲンを茹でながら、他の鍋でパスタを茹でておこう!
今回は具が少ないから、早めに茹でておいてオッケー★
玉葱は薄く細く切り、サラダ油をしいたフライパンでさっと炒めよう。
あとでバターを入れるから、ここでは油は控えめにね!
玉葱が炒められたら、下茹でしたインゲンを入れて、塩こしょうで味付けします。
茹だったパスタを投入して、更に塩こしょう。
こしょうが多めだとスパイシーでいい感じ♪
味を整えたらバターを適量入れて香りをつけようね★
そこに溶き卵を投入!
あんまりかき混ぜ過ぎても駄目、かといってかき混ぜないと麺が卵で固まっちゃうから、この瞬間が一番緊張っ。
牛乳を入れて卵を伸ばしておくと、固まりにくくなって、舌あたりも滑らかになるよ♪
最後に軽く乾燥バジルを振りかけて……っと。
以上!
緋勇龍麻特製★緑と黄色の彩りパスタ、 完 成 !
「ごめん、龍麻……」
「壬生君……」
眦を下げて、壬生は龍麻を見た。
「君の才能をみくびっていたよ……あんなチンケでどうしようもない粗悪な材料で、ここまでの料理を生み出すなんて……」
どこか悔しそうな壬生を見て、龍麻は苦笑した。
「そんな……辛そうな壬生君を見てたら、何が何でも作ろうって気になるさ」
「龍麻……」
「壬生君……」
一瞬の沈黙。
そして二人はしっかと抱き合って、熱いキスを交わしたのであった。
パスタ、伸びるぞ。