マフラー
さっきから、龍麻の機嫌が悪い。
僕の誕生日が終わってから海外へ飛び、秋が深まる頃に帰って来るというサイクルが定着しつつある今日この頃。一年の内半分は離れてしまっているせいか知らないけど、このところ龍麻は滅多に機嫌を悪くしない。もともと能天気な性格だし、まぁたまに龍麻が阿呆なことをやって僕が叱ったりはするけど、喧嘩らしい喧嘩はしたことがない。
それだというのに、今日の龍麻はどうも機嫌が悪い。
僕に仕事が入ってたせいかな?とも思ったけど、でも龍麻が東京にいる間も僕は退魔の仕事はしてきたし、朝僕を見送る時はいつも通りだった筈だ。
「どうかしたのかい?」
ソファでぶすくれる龍麻の前に、温かいミルクティーを置きながら、僕はそう尋ねた。
龍麻は胡乱な目で僕を見ると、またふいと視線を外してしまった。
……やれやれ
手のかかる子どもだな、と僕は内心溜め息をつく。溜め息をついて、龍麻の隣に座った。丸められた肩に手を置いて、龍麻に話しかける。
「なにか、嫌なことでもしたかな」
「……」
龍麻の口元が歪んだ。
……あと一押しだな。
「そう……」
僕は少しだけ(少しだけっていうところが大事だ)寂しげな声を出す。
肩から手を外し、自分のカップに口をつけた。
沈黙が支配して数秒、龍麻が口を開いた。
「……俺以外の奴に、くれてやんなよ」
色々情報を端折られた台詞からは、龍麻が何を言いたいか分かりかねる。
が、突っ込まなくても僕が不審気な顔さえしていれば、龍麻はしっかり話してくれる。
「……紅葉が…紅葉の作ったもんは俺だけが持ってればいいんだよ!」
ぎゅうぅっと、龍麻の口が尖った。ひどく不満そうで、目つきがやや剣呑になる。もともと細い方だから、少し細めただけで酷く鋭くなるのだ、龍麻の目は。
なるほど、とようやく合点が言った。龍麻が言っているのは、僕が任務の度に依頼者に渡している「お守り」の事だ。
しかしあれは他意あっての事ではない。
厄よけの呪いを施しているから、これ以上巻き込まれないようにするために渡しているのだ。一度魔性に触れた人間は、しっかり祓わないと、またすぐ魔性に魅入られる。異形達が付け入る隙を少しでも減らすための、僕なりの努力だ。
そんなことに、一々嫉妬しないで欲しい。
「今日だって」
ぎろりと龍麻が僕を睨んだ。
睨んだ眦に涙が溜まっている。……なにも、そこまで。
「誰だよあの高校生!マフラーなんかあげちゃってさ、白は……白は紅葉の色なんだからな!」
…別にそれも他意あっての事じゃないんだけどな。
というか僕が白って、君。
まぁ龍麻はしょっちゅう「紅葉は白が似合う」とか言って来るけど…白だって?僕にしてみればちゃんちゃらおかしい。
寧ろ白は龍麻の色だと思う。綺麗で、真っ直ぐで、汚れていない。
「駄目だ、もう絶対やるな。他の奴が、紅葉の作った物持ってるなんて、想像しただけでもすげー……頭来る」
実際龍麻の身体からは微かに殺気が漂っていた。それは決して僕に向けられたものではないけど。
それにしても困ってしまう。東京の異形を撲滅しようとしているのは、何も自己満足や奉仕の精神からじゃないんだけど…。
まぁ、仕方ないか。とりあえずはこの頑固者の不機嫌をどうにかしないと。
「龍麻」
なるべく優しい声で、龍麻の頬を撫でる。そっぽを向く龍麻の不機嫌な目を覗き込んだ。
「僕は、白なんかじゃないよ」
ここは少し寂しげに。
「白は僕の色なんかじゃないよ。だから……」
先は敢えて言わない。
「紅葉!」
龍麻が目を見開く。
「何言ってるんだよ!紅葉ほど…白が似合う奴なんていない」
口をへの字にして龍麻が言う。
かかった。
本当は、普通は、「色じゃなくてマフラーが問題なんだ」という突っ込みが来るのだろうけど、残念ながら龍麻は……何故か僕相手には議論の主軸が明後日に飛びがちだ。
もともと、論理的思考は得意な方じゃないみたいだしね。数学は僕の方が得意だし。
「君の方が、似合うよ」
微笑みながら言えば効果は倍増だ。長年の勘はそう僕に語りかけてくる。
「馬鹿言うなよ!俺は……どっちかって言うと…黒、だよ」
「何故?君ほど、光が似合う人はいないのに」
「紅葉の方が、そうだよ。闇に生きてても…紅葉は綺麗だ」
うっとりしたような目で、龍麻が僕の頬を撫でた。
あと、一押しか……。
「君も…綺麗だよ」
「紅葉……」
龍麻がどんな人生を歩んできたのか、僕はその断片しか知らないけど、自分の生い立ちや生育歴に色々コンプレックスを抱いていることは、分かっている。
だから、こうして自分が思ってもいない所で誉められたりすると困惑してしまう。
そんな所は、僕と龍麻は悔しいくらいに、似ている。
僕は悔しさの代わりに微笑んで、龍麻の手を握った。
黒い目を覗き込めば、予想していた言葉が紡がれる。
「紅葉……好きだ」
龍麻の腕が僕の首に絡み付く。
ソファにゆっくりと押し倒されながら僕は思った。
楽勝。