ミッションコンプリート
コツコツと規則正しくドアがノックされ、開いた。
おずおずと、ゆっくり開かれた先には予想通り、もう見慣れた顔がある。
「我ガ王!」
神鳳の手伝いをしていたトトの表情が一時に明るくなる。
「トト君」
ほにゃっと表情を崩し、それが入ってきた。
「誰が入室していいといった」
阿門が不機嫌そうに言葉を発したが、それ…葉佩九龍はものともせずにっこり笑った。
「入っちゃダメとは言われてませんもの」
ぬけぬけとそう言って退けると、九龍はさかさか部屋の中に入り、トトの近くに立った。
「トト君はお手伝いですか?」
「ハイ、神鳳サン忙シイ。私手伝ウマスヨ」
「手伝いますよ、だよ。トト君」
「アァ、日本語ムズカシイネ」
「英語のが楽だよね〜」
にこにことトトと話しながら、九龍はトトの手にした書類にざっと目を通した。
「会計報告ですか。また面倒なものですね、神鳳さん」
「仕事ですからね」
いつもの笑顔を崩さないまま、神鳳は答えた。
「ちなみにここ計算違ってますよ」
積まれた書類の一枚を指差して九龍が言った。
「聡いですね、九龍君は」
そう言いながら神鳳は剣道部提出の書類に赤を入れた。
「計算が得意ならこの山をチェックしてもらえませんか?」
「いいですよ〜」
にこにこ楽しそうに笑いながら、九龍は一山書類を手にした。
「神鳳」
「計算のチェックだけですよ。手間がかかる仕事ですから」
阿門の言葉に神鳳はちょっと肩をすくめて返した。
全く…という阿門の呟きは他の三人が出すさざめきに消された。
一体何をそんなに話す事があるのかと思わず聞き耳が立ってしまう。
「いや、寿司はやっぱ比目魚でしょ」
「タコガオイシカタデース」
(あれ、蛸っていうか「軟体動物の触手」…)
「何カ言イマシタカ、我ガ王?」
「ん、んン?なな、なんでもナイよ」
「ふふ、また隠し事ですか?」
「まま、またって何!…僕そんなに隠してるかなぁ」
困った表情を見せながら九龍は頬を掻いた。
と思った矢先くるりと阿門の方を向く。
「あ、今度阿門君にもお寿司握ってあげますね〜」
「いらん」
「はぅうっ!真里野君もびっくりな一刀両断!」
わざとらしくのけぞると、他の二人が笑った。
「全く…お前は何しにこんなところへ来ているんだ」
幾度口にしたか分からない言葉を吐く。
もっとも、言う度に九龍はのらりくらりと躱すのだが。
曰く、遊びに。曰く、学園生活への貢献。そして時には、無視。
無視。この阿門帝等を、無視。
「嬉しいからですよ」
阿門が記憶(というか妄想)に対して青筋を浮き立たせた瞬間、いつもとは異なる答えが返ってきた。
「最初ね〜、生徒会の人って悪い人なんじゃないかなって思ってたんです。かまち君やリカちゃんや、肥後君や…みんなの大切な思い出を奪うなんて酷い人たちだなって」
書類は既に見終わったのか、机の橋でトントンと角を揃えながら、九龍は言った。
「でもね」
くるり、と阿門の方を向く。
その笑顔を見て、阿門は目を反らした。その仕草を見て、九龍の笑みは増々深くなる。
「わかったんです。生徒会の人たちにも守りたいものがあって、そのためには誰かを犠牲にしなくちゃいけなかったんだって。誰も傷付けないで守りたいだなんて、ムシの良い話ですもんね」
神鳳から新しい書類をもらいながら九龍は続けた。
「だから、友達になりたいな、って思ったんだ」
九龍は書類を抱えながらとととっと、阿門の方へ駆け寄った。
すっと、阿門の目の前に手が差し出される。
「阿門君」
阿門は目を上げない。でも、九龍がどんな表情をしているかは知れた。
いつものあの、まなじりを下げた、この世の中には恐ろしいものも哀しいものもないとでも言いたげな、さも幸せそうな阿門の嫌いな笑顔を、九龍は浮かべているはずだ。
「お友達になりましょう」
「くだ…」
下らん、と言おうとした阿門はいきなり片手を掴まれて珍しく慌てた。
九龍は掴んだ阿門の手と無理矢理自分を握手させ、ぶんぶんと二三度上下させた。
「わーい♪阿門君とお友達になってしまいました〜♪」
「っ!こら葉佩!」
青筋をたてて怒鳴る阿門を無視して九龍は神鳳の側に駆け寄った。
「神鳳君、ついにミッションコプリートです!」
「おめでとう、九龍君」
神鳳はにこにこしながらちぱちぱと拍手をした。
「オメデトゴザイマース!」
トトも一緒になって手を叩いている。
「誰が、友達なんぞに…ッ!」
苦々しく吐き出す阿門にトトが言った。
「阿門サン、握手シタ。握手、友達ノシルシ。阿門サン我ガ王ト友達」
にこにこと無邪気に笑うトトを怒鳴りつける気にはなれず。阿門は椅子にどっかりと腰を下ろした。
深い深い溜め息が出る。
一瞬でも、握った掌が暖かかったと一瞬でも思っただなんて。
墓場までもってってやるぜ畜生。