ロックオン




背筋を電気が走るって、あるんだな、と思った。
目の前が一瞬真っ白になって、ヒューズが飛ぶように思考が停止した。
ルービックキューブの最後の一手が決まった瞬間のように、ジグソーパズルの最後のピースがはまった瞬間のように。俺の中の満たされない何かが、消えた。



あぁ、こいつだ



ずっとずっと追い求めて追い求めてそれでも手に入らなくて苛立ってどうしようもない焦燥感に駆られてそれでも追い求めていたもの。
「よく来たね。時間通りだ。頭数も揃っている…」
バリトンが響いて耳にしみ込む。何の感情もこもっていない声が、妙に心地良かった。
「悪いけど、君達にはここで死んでもらう」
目を射抜く冷徹な視線に、俺は戦慄を覚えた。それはかつての俺の目であり、そして今の俺の根底を縛り続ける冷たさでもある。
「待ってよ!京一はどこ!?」
「…さぁ、知らないな」
壬生は顔を背けて答えた。
「下手な希望は持たない方が良いよ。拳武館に狙われて助かった人間はいない。それにどうせ君達も…今ここで死ぬ」
「というのはあくまでもお前の予定だろ?」
顎をしゃくって俺が言った。
「…だったら君の予定は何だって言うんだい」
「ここに真実をさらけ出し、京一とお前を連れて帰る」
「…何を言ってるんだ」
整った顔が思いっきり顰められた。崩れないと思っていた無表情があまりにもあっさり崩れて、俺はちょっと驚いた。
「まず第一に、京一は死んでなんかない」
「何を根拠に」
「俺に断りもなく逝くような奴を相棒呼ばわりなんかしない。だから生きている」
自信たっぷりに胸を反らす俺を見て、壬生は軽く眉を上げた後、苦笑した。
「君は…面白いことを言う」
「よく言われる。とにかく京一は生きている。俺たちは信じている」
「残念だけど…」
「信じる事が力になる」
無表情に戻った壬生の顔が、再び驚きの表情を浮かべた。
「俺たちは信じている。絶対にあいつは帰ってくる」
「…。君にそう言われると本当にそうなるんじゃないかって気になるよ」
浮かべられた微笑は、優しいがどこか哀しそうなものだった。
壬生は二三度首を横に振ると、もう一度俺達の方を向いた。しばらくじっと見比べた後、ふっと嘆息した。
「…どうも、君達からは邪な印象を受けない」
「当たり前だよ」
からからと俺は笑った。
「だって邪じゃねーもん」
俺の単純明快な答えに、また壬生はキョトンとした。
はは、冷徹に見えてこいつ実は結構面白い奴かも、とか俺は思った。いい、増々いい。ちょっと浮き足立ってきた。
「それがさっき言った、真実。俺と…俺達とお前とで暴く真実だ」
「…ひょっとして」
壬生の表情が曇る。
やっぱり、な。思い当たる所があるのだろう。
「…これら全て、仕組まれた事だというのか」
「はめられたのは俺たちだけじゃない。お前もだ。だからお前も連れて帰る。京一と一緒に、な」
俺が壬生にそう言った瞬間、遥か遠くから気配を感じた。
「危ない!」
壬生が咄嗟に振り返って俺たちを庇うように腕を広げた。その右肩を何かが切り裂く。
「壬生ッ!」
「壬生君!」
衝撃でよろめく体を支え、美里を呼ぶ。
「頼む!」
美里の掌から、すかさず癒しの光が溢れる。
「誰だッ!」
小蒔の叫びに、耳障りな高笑いが響いた。
「ったく、バレちゃしょーがねぇなぁ!」
暗闇の中から、デコとデブが現れた。なるほど、京一をノしたのはコレ、か。
「貴様達ッ!さては副館長の差し金か!」
美里の癒しも十分に受けないまま、壬生が立ち上がった。
「ハハッ!副館長なんざ傀儡に過ぎないさ!」
デコがにやりと口をつり上げた。

「あいつが言ったんだ。これからは獣の時代だ、ってな」

頭が真っ白になった。
色々な《記憶》がフラッシュバックする。
過去、俺の過去。18年などという時間では計り知れない、一つの「存在」としての俺の《記憶》。
「それ」は赤い髪をしていた。
「それ」は破壊を望んでいた。
「それ」は、俺から奪おうとしている。
俺の、大切なもの達を。
腹の底が燃えるように熱くなり、気が一気に高まった。
「お前は、俺の逆鱗に触れた」
自分でも驚くくらい低い声が出た。前に出ようと、俺に並んだ壬生の体が一瞬震える。
「ハッ!逆鱗だぁ!?どうせお前はここで死ぬんだよ!!」
再び気が放たれる。全力で弾こうと身構えた時だった。
「蓬莱寺京一。見参!」
聞き慣れた声が響いた。
一瞬呆気にとられるも、「そいつ」の放った気がデコの気を弾いた瞬間、我に返った。

ドカバキボコッ

「ってぇ〜!!何するんだよひーちゃん!」
「おっそいわ、ボケェッ!」
京一の攻撃で頭が冷えると共に、反射的に右拳と左足と右拳が出ていた。
頭が冷たおかげで、自分がいかにヒートアップしていたか、分かった。京一が乱入してこなかったら、俺は自制を忘れてここら一帯をとんでもない状況に陥れていただろう。そう思って肝が冷えたが、京一のあっけらかんとした顔を見ると、あっという間にどうでもいい気になった。
「連絡の一つも入れねーでこのド阿呆がッ!」
「うぅ…わ、悪かったよ…」
「みんな心配してたんだからね!」
「全くだ、少しは反省しろ!」
「でも無事で良かったわ」
口々に掛けられる言葉に、京一が照れくさそうに笑った。
「さてと」
パンッと俺は手を叩いた。
「サクッと片付けて参りますかね!」
「おうッ!」


宣言通りサクッと片付けた俺たちは、再び地上に出て夜の澄んだ空気に当たった。
デコとデブの後片付けに関しては、俺が直接ワカメに文句を言って、やらせることにした。デコはその場から逃げたが…拳武館が追うまでもないだろう。先は見えている。
それにしてもあのワカメ、テメーの部下の掌握くらいきっちりとやっとけ。今回、結局京一が無事だったから良かったものの、これでなんかあったら拳武館を潰す羽目になってただろう。俺が、怒り狂って。
いや、ワカメの事はそもそも嫌いで(俺と親父を重ね合わせて感傷に浸る辺りも気に喰わなければ、俺の都合無視して自分の都合押し付けてくる辺りも気に喰わないし、第一大義名分のために暗殺っちゅー短絡思考もアクシュミとしか思えない)、その上こんな事態な訳だからこりゃもう一発お見舞いするしかないよな、とか思ってるわけだが。というかお見舞いする気満々だが。つか明日お見舞いしに行く予定が既に俺の頭の中で決定しているわけだが。

壬生はなんとなく公園まで付いてきてくれた。自分に出されていた指示がワカメを通していないものだったりワカメと俺が繋がってたりと、ちょっと色々あり過ぎて頭を整理させたかったんだろう。公園に着くなり俺に質問を浴びせてきた。
「君と館長はどんな関係なんだい」
「そうそう!それボクも聞きたかった!」
小蒔を初め、京一達も興味津々と言った風だ。あんま自分の事について話したくはないが、まぁこうなったら仕方ねーな、と俺は素直に経緯を話した。
「カンチョーさんは俺の親父…って死んだ方の親父ね。それの親友だったらしい、よくは知んないけど。で、前々から俺にちょっかい掛けてきてて、東京に来る前には親父がやってた武術を俺に教えてきた。そういうわけで実は結構昔っからの腐れた縁の仲」
俺の言葉に全員唖然とした後、複雑な表情になった。
「京一がいなくなった時にすぐに言わなくて悪かったな。奴が拳武館の館長だったって事、忘れてたんだよ。変な裏家業やってる事は覚えてたんだけど」
これも本当。嫌いな奴の動向をいちいち記憶してられっかってんだ。
思い出したのは今日の夕方だ。ちょっと慌てて、それからまいっか、と思った。今更奴が動いた所で何が変わるわけでもなし。ただ後始末はやらせようと思ったけど。
「…だから、僕と君の技が似ていたのか」
「そーそー。例のあれだろ?《表裏の龍》ってやつ」
「《表裏の龍》?」
俺の言葉に京一が首を傾げた。
「親父とワカ…館長が継承してる流派には二つの様式があって、それぞれの継承者をあわせてそう呼ぶんだって」
言ってから俺はワカメに同じく言われた事を思い出して、また腹が立った。
「もう一つの継承者にはその内会えるとかなんとか言っておいて、知ってるんだったらとっとと会わせろってんだ、あのクソジジィ。そういう回りくどい所も気に喰わねぇ…」
俺は口の中でブツクサ文句を言った。壬生が複雑そうな顔で俺を見ているのは、こいつがワカメを尊敬…しているからなんだろう信じられないが。
「壬生クンはこれからどうするの?」
小蒔が興味津々といった風に聞いた。
「そのさ…できたらさ…ボク達と一緒に…」
「いいよ」
「えぇっ!」
あまりにもあっさりとした壬生の答えに、皆が目を剥いた。
「ホントに!?ホントにいいの!?」
小蒔が詰め寄ると、すっと壬生は後ろに身を引きながら、冷静に答えた。
「あぁ、協力する。…今回の、罪滅ぼしも含めてね」
壬生がちらっと俺と京一を見た。
ばかだな、そんなこと考えなくても良いのに。
俺が笑うのを見ると、壬生はあわてて目を反らした。
「そんなぁ!そんな事考えなくてもいいよ!」
俺が言いたい事を、小蒔が言った。
「だって今回のはぜぇ〜んぶ、バカ京一が悪いんだもんね!壬生君にはありがとうって言いたいくらいだよ!」
「俺のどこが馬鹿だこのチビ!」
壬生が口を挟む隙もなく、京一と小蒔がいつもの言い合いを始めた。
呆気にとられている壬生の肩に、俺は手を置いた。
「な?みんな気にしてないだろ?」
醍醐も美里も藤咲も、京一たちを見て笑い、壬生を見て微笑んでいる。
壬生は誰とも目線を合わせられず、ふらふらと目を泳がせた。
「深く考えなくていいんだよ。俺は、俺達は壬生が気に入った。それだけだ」
俺の言葉に、ようやく、壬生がこちらを向いた。
「友達に、なりたいんだよ」
さぁっと、壬生の頬が赤く染まるのを、俺は実に愉快な気分で見ていた。


ターゲット ロックオン
逃がさない。今度は決して。離したりはしない。二度と、もう二度と。



二度と、と言っている理由に付いては「もういくつねたら」のあとがきに補足してあります。別に龍麻と壬生が《飢狼》以前に会っているとかそういうオチはありません。龍麻に過去恋人がいたとかそういうオチもありません。ぶっちゃけ前世ネタですよゲホチョですよ。詳しくは「もういくつねたら」を参照願います。
龍麻ったら情熱的ですね。その勢いで壬生君を籠絡させて下さい。私のために。