かくしてユリゲラーは召還された




「葉佩九龍」
「?」
九龍、取手、皆守の保健室仲間+αがマミーズで食事をしている。並んだ料理はカレー、オムレツ、天香定食。ごっつい定食をもりもり消化してゆく九龍の名前を、皆守が呼んだ。
「ってこれ、本名か?」
「あぁ」
皆守の問いに、九龍はちょっと笑った。
確かにおかしな字面である。しかも九龍の身の上が身の上。偽名であってもおかしくはない。が、九龍と一番付き合いが深く長い龍麻は九龍の事を「九」と呼ぶ。
「本名ですよ」
チーズラーメンのスープに浮かぶチーズと葱の欠片を器用に箸で摘みながら九龍が答えた。
「でも、こういう場合って偽名とか使うんじゃないのかい、普通」
取手がぼそぼそと口の中で言った。
「まぁ、そうなんですけど…僕の場合意味がないっていうかなんというか…」
豪快にカツにかぶりつきながら九龍は言葉を濁らせる。厚切りのカツを咀嚼し終えて、水を一口飲む。
「龍麻さんが、ああ見えて実は結構すごい人な上に世界中から色々な意味で狙われているっていう話はしましたよね?」
詳しい内容については、九龍は勿論話していない。話した所で何がどうなる事でもなし。むしろ知った事で余計な出来事に巻き込まれる可能性の方が高い。異常の力をもつ龍麻や、それなりの訓練を受けている九龍とは違い、天香の人間は墓場から離れれば「一般人」の括りに入る事になる。自分で自分の身を守れない人間に自らの素性を明かす事を龍麻は極端に嫌っていたから、九龍もそれを汲んで「とりあえず龍麻さんはすごい人なんだよ」とだけ言ってある。
九龍の問いかけに頷く二人を見て、九龍は話を続けた。
「そんなわけで龍麻さんの動向はほぼ24時間体制で監視されているんです」
「まじかよ…」
言葉を失う二人に九龍は慌てた。
「あ、でも今はそんなにキツくないと思いますよ、一頃に比べたら。だからみんなの私生活なんかは巻き込まれてはいないはずです」
やや見当違いのフォローをする九龍を見て、皆守も取手もちょっと呆然とした。九龍は、龍麻が四六時中誰とも分からない人間(実は人間外も少なからず含まれているのだが)から見張られている事に疑問を抱いていないのか。
実際は、龍麻は黄龍の器であろうとなかろうと「緋勇家」の当主となる運命にあり、それはつまり西日本の裏の社会に置いて一角の力をもつという事を意味している。この事実は九龍が幼少の頃から叩き込まれてきた事であり、当主絶対のこの血筋に於いて、当主本人のアイデンティティーやら個性やらそういうものがぶっちぎりで無視られることを、九龍は体で分からされていた。だから、龍麻が不気味なモノ共の監視下にある、ということは九龍にとってあまり驚く事ではない。個性の無視も、監視も、スケールが西日本から世界(あるいは世界外)にまで広がったに過ぎない。それはそれで驚くべき事なのだろうが、九龍自身が龍麻に驚かされ過ぎていて、もはや滅多の事では動じない泰然自若の精神をマスターしているので、驚くに値しない。
「で、その龍麻さんの親戚兼弟分の僕も、顔も本名も世界にバレまくってるんですね、特に裏社会では」
平然と続ける九龍に、皆守と取手の絶句は深まる。
「だから今更偽名を名乗った所で仕方ないっていうのが実情なんです」
あまじょっぱいタレがおいしいカツ丼を、九龍はぱかぱか口の中に放り込んだ。
もくもくと頬を膨らませて一生懸命咀嚼する姿は、どこか小動物じみていて、秋に木の実を頬袋に突っ込んでいるエゾリスのようだと、皆守はぼんやり考えた。完全な現実逃避である。
「そんな事って…」
皆守よりも現実逃避能力の低い取手が、九龍の方を見て泣きそうな顔をした。
その、悲痛な運命を背負った張本人よりも悲痛な顔をしている可愛い恋人の頭を、九龍はぽふぽふと柔らかく叩いた。
「そんなに悪い事ではないですよ。その御陰で僕は今までロゼッタに厳重に守られた上、他の人よりも丁寧に指導してもらえましたし他の人だったら匙を投げられている所を大切に育てて貰えましたから」
「でもそれは…」
「えぇ、もちろん龍麻さんに繋がる僕を手放さないためです」
良い感じに火の通ったタマネギを歯の奥でしょりしょり噛みながら九龍が言った。
「でもま、結果オーライ、ということで。向き不向きは別として、僕はこの仕事気に入ってますしね」
へにゃり、と締まりのない笑顔を見せる九龍に、取手は増々泣きそうな顔になる。
あー、これはきっと僕がこの仕事好きとか言ったからこの先々の危険だとか別れだとかそういう事にまで発想が飛んじゃったんだな、と九龍は心の中で苦笑した。ついでに、一人で回る独楽を連想する。
「君を縛り付けて誰の監視も届かない場所に閉じ込めておけたら良いのに…」
溜め息まじりに取手がぼそぼそを呟いた。向かいの席で皆守が盛大にカレーにむせているが、取手はそんな事には気づかない。
「悪くない提案ですけど、あと十年くらいは自由に飛び回りたいですね、僕は」
「十年…」
「長い人生の中で考えたらそんなには長くないですよ」
絶望的な顔になる取手に、九龍は言う。
「でもその間にもしも君が…」
「あぁ、大丈夫ですよ、僕は龍麻さんの弟分ですから」
綺麗さっぱり食べ尽くしたドンブリを盆に戻して九龍が笑った。
「龍麻さんに近いという事はね、常に監視されるという事でもありますが、逆に言えばそれぞれが牽制し合って結局手は出せないということでもあるんです」
九龍はさらさらとした取手の髪を手に取って指に絡ませた。
「だから僕を見張ってはいいても、傷付けられる人間なんて一人もいないし第一龍麻さんが黙ってませんから」
それにね、と九龍が笑う。
「僕はかまち君のものですから、かまち君の許可なく死んだりしませんよ」
「はっちゃん…」
取手の目元が赤く染まる。うっとり、という形容詞がぴったりの顔をして、取手が九龍を見つめた。
「お前等…」
最近は突っ込むのにも飽きてきたが、やはり突っ込まないわけないはいかない皆守が、手の中でぐにゃりとスプーンを曲げた。

「そういう事は部屋でやれ…!!」

ユリゲラー、と九龍は口の中で呟いて、取手はそれならこのまま部屋に戻ってしまおうかと考えた。



「というわけでもしも潰したい組織とかあったらいつでも僕に声かけて下さいね♪」
天真爛漫に己の障害物をなぎ倒してゆく、龍×2です。
今回の任務が九龍の所に入ったのは、年齢や人種の利点以上に、九龍と龍麻が繋がっているからということになっています、私の脳内だと。