vs神鳳
「龍麻さん。最初僕が行っても良いですか」
「ん?あぁ、好きにしな」
弓を片手に構える神鳳を目の前に、九龍がにっこり龍麻に言った。
龍麻は面倒くさそうに答えると遺跡の壁に寄りかかり、胸のポケットからハイライトを取り出した。細身のライターはアンティークで、以前フランスの蚤の市で購入したものだ。慣れた手つきで火をつける。
「なんでンなもん持ち歩いてるんだよ」
「さーね」
皆守の突っ込みに龍麻は喉の奥で笑った。
「煙草は…体に悪いと思うんだけど」
「…ありがとよ。でも余計な心配だな、俺には」
取手の控えめな言葉に、龍麻は一瞬、ひどく懐かしそうな顔をした。大切な誰かを思い出したかのような顔だった。
「それじゃ、行って来ますね。皆守君と鎌治君もちょっと待機でお願いします」
九龍が笑顔で龍麻達に告げる。AUGも日本刀もガスHGも準備万端である。
にも関わらず、九龍はそれらの武器には一切手をかけないで、神鳳の方へゆったりと歩いていった。
「九ちゃん!?」
「……!?」
驚愕し、飛び出そうとする二人を、龍麻が制した。
「何で…!」
抗議の声を上げた取手に、龍麻がすいと視線を向ける。それはいつものおちゃらけた顔とは違い、取手も皆守も動きを止めた。
「好きにさせてやれ」
龍麻は低く言うと、紫煙を口から吐き出した。
「神鳳さん」
笑顔のまま、九龍は歩み寄っていった。
「どういうつもりですか、九龍君」
武器を構えもせず自分に近づいてくる九龍に、神鳳は平静を装って言った。
「神鳳さん」
九龍は笑顔を崩さず、繰り返した。
「確かに以前僕は、生徒会の皆さんに言いました」
「どういうつもりですか、九龍君。君は一体何を…」
表情を険しくする神鳳に、九龍は増々明るく優しい微笑みを向けた。
「九龍君!」
二人の距離が縮まっていく。
「何も傷付けないで大切なものを守ろうとするだなんてそれはムシの良い話だ、って、言いました」
「ッ!」
もう既に二人の距離は5mもない。神鳳は構えていた矢を九龍に向かって放った。
空気を切り裂く音がして、矢が九龍めがけて飛んでいく。取手と皆守が揃って九龍の名前を呼ぶが、九龍は動じなかった。
ザシュッ
矢は九龍の左の二の腕を抉った。制服が破れ、赤い飛沫が飛び散るが、九龍は気にかけない。その歩みは乱れず、表情にも変わりはなかった。
「確かにそうです、誰も傷付けないで信念を貫くなんて、無理です。それは間違いない」
神鳳の真正面。距離にして1m未満。
神鳳は次の矢をつがえる事が出来なかった。
「でもね」
にっこり、と、九龍が笑った。
「物事には程度ってもんがあるんだよ、このバカタレがぁッ!!!!!
ぼごぎゃっ
九龍の見事な右ストレートが神鳳の頬に命中した。
「ぐ……ぁ」
余りの勢いに神鳳は軽く吹っ飛び、床と仲良く対面した。
拳がめり込んだ感触も生々しい頬を手で押さえながら床でプルプルする。こんな神鳳初めて見た。
「…」
「…」
助けに飛び出ようとしたバディ二人が真っ白い。
「神鳳さん?」
にっこり
「別に僕に呪いをかけようが取り憑かせようが、一向に構いませんよ?」
にっこり
「でもね」
にっこり
「無関係な人間も巻き込むだなんて」
にっこり
「馬鹿も休みや休みにしやがれって、感じですね♪」
ここで土下座したら、せめてその笑いを止めてくれるだろうかと、神鳳は一瞬本気で考えた。