風花が舞う頃




風花が舞うのを見て如月さんを思い出したので、骨董店に足を向ける事にした。
上野で美術展を見た後だった。京浜東北線に乗れば簡単に最寄り駅に行けた。
駅から骨董店まで歩きながら、秋の空気から冬の空気に変わろうとするちょうど境目の季節は、あの人のぴったりだと思った。風に追われてひらひらと舞う風花を見ながら、色々な事を思い出した。大体は、去年の今頃のことを。

季節の変わり目には如月さんを思い出す。春から夏へ、夏から秋へ、秋から冬へ、そしてまた春へ。
その度に、如月さんを僕は思い出す。それは多分、如月さんの家のせいなのだと思う。
店の前に並べられた鉢植えは季節のものだったし、庭に出れば草木は時候の流れに応じて自然と姿を変じ、こんな都会でも季節は巡っているのだと実感させられる。ひょっとしたら僕は、その季節がきちんと移り変わって草木や花がきちんと姿を変えてゆく有様を実感する事で、あの奇跡を忘れまいとしているのかも知れない。
その奇跡を起こした張本人は、卒業後あっさりと中国へ渡ってそれから音沙汰もない。彼は今、どうしているのだろう。
つらつらと考え事をしているうちに、骨董店の前に着いた。
如月さんも今は大学生をやっているが、相変わらず骨董店は毎日のように開いている。出席を気にしないで学べることが、大学のいいところだと如月さんは言っていた。特に如月さんが通う大学は、出席についてやかましい事は言わないらしい。道楽の多い彼にとっては、願ったり叶ったりだろう。
「ごめんください」
見慣れた引き戸を開け、声をかける。
「いらっしゃい。壬生か、久しぶりだね」
座敷の奥から顔を覗かせながら、如月さんが言った。
「掃除でもされていたんですか?」
「いや」
渋染めの着流しを襷で括っている様子を見て僕が問うと、如月さんは決まりが悪そうに首を振った。
「味噌を作っているんだ」
「味噌?」
僕はそのまま座敷に上がった。確かに、部屋には大豆と麹の匂いが充満していた。
ちゃぶ台の上には大きな飯切りが置いてあって、ちょうど大豆と麹を混ぜ合わせている最中だった。
「お邪魔してしまいましたね」
「いや、ちょうどよかった。手伝ってもらう」
如月さんは顎で手洗い場の方を示した。
「そろそろこれは終わるから、手を洗ったら台所から瓶を取ってきてくれないか」
言われた通りに手を洗い、台所へ行く。台所の床には新聞紙が敷かれ、そこに小振りな瓶が三つ並んでいた。一個ずつ茶の間に運び込み、並べた。
それから二人で味噌を詰めた。
「これ、面白いですね」
「全部一人でやると、飽きるけどね」
大豆と麹を併せたものを、丸めてボールにして、瓶の中に打ち付けていく。余分な空気を抜くためにこうするそうだ。なんとなく、食べるものを作っているというより泥遊びをしている気がした。
「泥遊びのようだと思わないか」
僕が思っていた事と同じ事を如月さんが言った。
「食べる事と遊ぶ事は、実は大した差がないのかもしれないね」
「楽しみを見いだすことが、人の能力なんじゃないですかね」
そんな事を言い交わしながら、僕達は味噌を仕込んだ。

「やれやれ。一日仕事になってしまった」
腰を伸ばしながら如月さんが言った。
味噌樽は台所の床下に保管され、味噌になるまで寝かされる。
「来てくれたのに、悪かったね」
「いえ、貴重な体験でした」
僕がそう言うと如月さんは「確かに、そうかも知れないね」と笑った。
味噌の仕込みのやり方は知っていたが、体験したのはこれが初めてだ。
「せっかくだから、今日は味噌の料理にしようか」
「手伝いますよ」
「悪いね」
如月さんのいいところは、好意を率直に受け止めてくれる事だ。恐縮されたりありがたがられると、僕は逆に萎縮してしまうから、こうして率直に受け止めてもらえると助かる。
如月さんを人使いが荒いという仲間もいるけれど、人使いが荒い代わりに荒く使われても文句を言わないし、僕からすればそれは信頼に他ならないんじゃないかと思う。だから、如月さんの手伝いをすることは、嫌いじゃない。
二人で手分けして作った夕飯は、茄子と豚の味噌炒め、蕪の味噌煮、わかめとキュウリの酢の物に、葱の味噌汁だった。
「この蕪、おいしいですね」
「そうかい?親戚から送られたものなんだ」
味噌で柔らかく煮られた蕪は、舌先でほろりと溶けた。
「旬の野菜だからね」
「おいしいです」
来年の今頃も、如月さんは味噌を仕込み、蕪を味噌で煮ているのだろうと、僕は思った。



なに?この微妙な色々未満な話は。
この二人、この限りだとデキてるわけじゃないですね。ただ一緒にいて心地いいってだけだぁね。
しかも、書き出しはともかくなんでいきなり味噌造り。