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「ただいま」
誰も居ないとわかっている家にそれでも挨拶をするのは、それがこの家のルールだからだ。
ジンはいつものように靴を脱ぎながら、鍵をカバンに戻した。リビングの椅子にカバンを抛って、冷蔵庫から冷たく冷えた緑茶を出す。それをグラスに注ぎながら、よくテレビで云われている麦茶と麺つゆの間違いについてジンは考えを巡らせた。
麦茶と思って取り出すと麺つゆだった。
夏になると必ず云われるその間違いがどのようにして起きるのか、どう考えても理解ができない。それはジンの家に麦茶が無い事や、麺つゆは買ってきたそのままに紙のパックである事が関係しているだろう。他の家はどうやって麺つゆを保存しているのか。瓶の麺つゆを見た事はあるが、あれは麦茶とは間違えられない。というとわざわざ別の入れ物、それも麦茶と間違えるような入れ物に麦茶と間違えるように薄めて保存しておくのだろうか。確かにその方がいちいち水で割る面倒は省けるし、煮物にだってそのまま使える。そういう事だろうか。でも逆に面倒くさい気もするが。
「ジン。考え込むのはいいけどその緑茶、ぬるくなる前にちょうだい」
不意に聞こえてきた声にはっと顔を上げると、いつのまに帰ってきたのかペレグリーがグラスを片手に仁王立ちしていた。自分のグラスにはすっかり露がつき持つ手を濡らしている。幸いそれ程時間が経っていた訳ではなく、ジンはペレグリーにも緑茶を注いだ。
「おかえりなさい。今日は早かったんですね」
「顧問の先生が会議入っちゃったって。宿題も沢山出たから帰ってきちゃった」
二人はそれぞれグラスを飲み干すと、もう一杯ずつ注いでテーブルに戻った。カバンの中から宿題を取り出しそれぞれ机に広げる。
ジンとペレグリーは双子だ。クラスは違うが学年は同じだから、いつも宿題は二人でやった。その方が効率がいい。自分が解らない所は大抵相手がわかっている。それでも解らなければ二人で考えた。
そうしてその日の分の宿題を終えてしまうと二人は外へ遊びに出かける。ペレグリーが部活で居ない事が多いので、そういう時はジンは一人でテレビを見ていた。刑事ドラマや時代劇の再放送、時期なら大相撲、少し前に卒業したばかりの教育番組を懐かしく見ることもある。だが二人で居る時はペレグリーがジンを引っ張り出した。
公園まで行けば大体誰かいた。それがどちらかだけの知り合いでも、一緒に混じって遊んだ。広い公園だったので規則を守ればボール遊びもできた。そうやって二人一緒に良く遊ぶ。
「ペレグリーとジン君ってどっちが上なの?」
「ジンとペレグリー、どっちが上なんだ?」
最初の頃、二人が良く聞いた質問も今ではそんなに聞かなくなった。どちらが上でどちらが下か、そういうことを二人は考えた事が無かった。気付いたときにはそうだったから、二人は今まで互いをお兄ちゃんお姉ちゃんなどと呼んだ事は無い。常に呼び捨てである。
「それにしても似てないよな」
二人が双子であると事実を知った後、誰もが口にする言葉だ。やはり双子はそっくりというイメージが強いのだろう。同じ細胞を二つに分けた一卵性と違い、そもそもが違う二卵性は極端に似なくて当然だ。性別だって違う。テレビにでる双子は一卵性が多いから、二卵性だと少しがっかりするらしい。そんなことは知った事ではないけれど。
だがジンとペレグリーは二卵性であると考えても似ていなかった。ジンは白い肌に黒い髪。ペレグリーは濃い目の肌に明るいブロンズ。共通点は人間で同じ言語を使っているというくらいだ。人は二人が双子であるというと不思議な顔をしたが、とりあえず二卵性ということで何とか納得した。二人はそんな周りを大して気にしていなかった。
何故ならそもそも親とも似ていないのである。