棺を作る




 そんな生活が二月過ぎた頃、兄は祖父が収集した本を読むようになった。祖父がそうしたらどうかと勧めたらしい。今では珍しいどころでは済まない紙の本。それが祖父の蔵には山のようにあって、兄はそれを朝から晩まで読み漁った。それまでは祖父に何かを頼まれるまで居間でぼんやりとしていた兄が、朝食が済むとそのまま蔵に直行する。昼食に呼び戻しても食事が済めばまた居間を出て行った。夕飯だと呼び戻すと手には何冊か本を持ち、それを眠る時まで読むのだ。そうやって一人で、黙々と棚の端から端まで何かに憑かれたように彼は頁をめくった。
 時々、私の好きそうな本を持ってくる事があった。
 兄が自ら他に向けて何かをするという事は初めてだったので、祖父が本を勧めた意味も多少はあったようだ。私は素直に受け取る事が出来なかったけれど、確かに兄の選んだ本は面白かった。
 そして更に一月が過ぎた頃、いつものように対面授業から帰ってくると庭に大量の木材が積んであった。何事かと思いながら家に上がると、居間に兄が居た。
 おかえり。聞こえるか聞こえないかの声に、私はおざなりに返事をする。
「……おじいちゃんは?」
 蔵。そう云った兄は、いつもと雰囲気が少し違った。
「何か探し物?」
 いつもなら直ぐ部屋に行ってしまうのだが、その日は庭に山盛りの木材の事もあってそのまま居間に残った。机を挟んで兄の向かいに座ると、背後、縁側の向こうから祖父の声がした。何だ帰っていたのか、おかえり。
「ただいま。何持ってるの?」
 祖父の手には鋸と金槌とノミ。流石にカンナは無かったという祖父に、兄はありがとうと答えた。何かを作るらしい。祖父の持つ道具は初めて見るものばかりで、これから一体何が起こるのかと少し緊張する。
「何か、作るの?」
 兄は内緒と云って、退院後初めて、少し笑った。