今更




「どうした。こんなところで油を売っていて良いのか」
「そういう大佐こそ」
 パイロットの控え室でコーヒーを飲んでいるマーグリスを見つけて近づいた。マーグリスは大して美味しくもなさそうに紙コップの中のコーヒーをすすり、壁にもたれている。ジンも自動販売機でコーヒーを買い、彼の向かいにある椅子に座った。
 部屋の外を、他の人間が慌しく駆け抜ける。幾人か部屋にいた者たちも、二人の雰囲気に早々とコップを空にして出て行く。結局、十分も経てばマーグリスとジン、二人だけになった。
 特にどちらも口を開くことなく、さらに十分が経過する。二人の手の中のコーヒーは当の昔に空になっている。ジンは紙の繋ぎ目に留まっている黒い液体を、カップを傾けてかき集めた。そうやって集めたコーヒーをすすってしまえば、何となくここにいる理由もなくなってしまうような気がした。
 ジンは言葉を捜していた。何を言えばいいのかわからなかった。ペレグリーには笑いかけて嘘の言葉を言えたというのに。
 ジンの視線は彷徨っている。マーグリスはただ眼下に見えるジンを見ていた。
「……大佐」
「ウヅキ。迷いがあるなら何もするな」
 ようやく口を開いたジンの声をマーグリスが遮る。遮られずとも、視線があった時点でジンの口はそれ以上言葉を続けることが出来なくなった。
「邪魔だ」
 マーグリスの手の中で紙コップが潰される。壁から背を離し出口に向かいながら投げられたそれは、綺麗にゴミ箱へと吸い込まれた。
ジンは部屋を出て行くマーグリスから視線をはずし、深く頭を下げてから絞り出すように声を出した。
「彼女を連れて行くのですか」
「…………何を言っているのかわからんな」
 遠ざかる足音に、ジンは手の中の紙コップを握り潰した。