雨盛り




 窓際の席でアイスコーヒーをストローですすりながら、ペレグリーは眼下に広がる表通りを歩く人の姿を眺めていた。正確に言うならば今日は雨が降っているので人の姿よりは広げられた傘の方がよく見える。土砂降りではないが差さずに何とかなるほど弱いわけでもない。彼女の恋人ならよく分からない国の言葉を持ち出してこの状況を言い表すこともできようが、そうでなければ言葉は決まっている。
 雨が降っていた。
 高層ビル群もすっかり霞んでいる。賑やかな電光広告すら色を無くす中、街を彩っているのは色とりどりに開いた傘だった。色が様々なら大きさも形すら様々だった。仲良く寄り添う大小の傘は親子だろうか、小さい傘が勢い良く回っては当たりに飛沫を飛ばすのを大きな傘が止めている。別のところでは一つの傘に二人が入っているのだろう、違和感のある位置から両肩と両足がでていた。
 様々な色にチェック、ドット、ストライプ、キャラクターを描いたものなど、何一つとして同じものがないように見える。そういうペレグリーの傘は無地の赤だ。なんとなく、同じものがないだろうかと視線を動かしてしまう。そういえば黄色の傘というものをあまり見ない。見ても子ども用の小さな傘だ。黄色い傘に黄色いレインブーツ。注意喚起の色だろうか。
 不意にストローの先、コップの底から音がした。ぼんやりしているうちにアイスコーヒーを飲み干してしまったらしい。待ち人はまだ来ない。かれこれもう三十分は経っただろうか。だが文句を言うのは筋違いだ。彼女は待ち合わせの二時間も前にこの喫茶店に入ったのだから。ため息を一つ吐いてメニューを開いた。そろそろおやつに良い時間だった。昼ご飯を収めた胃もメニューの写真に少し動く。レアチーズケーキとアイスティーのケーキセットを注文すると、ペレグリーは再び窓の外に視線を向けた。
 相変わらず雨は降り続いている。
 表通りに横に広い傘を見つけた。足は見えても腕が見えない。肩が塗れなくて良さそうだ。そういえば以前強風に強いとして前後に長い傘の広告を見たことがある。様々な用途で様々な傘が開発されているのだろうが、未だ手に持たない傘は見たことがない。
「風情もないしね」
「は?」
 店員がちょうど皿を運んできたところだった。
「何でもないわ。ごめんなさい」
 ケーキも紅茶も文句のない味だ。にこりと笑いかければ店員は安心した様子で下がっていった。
 風情だなんて、とペレグリーは溜息を吐いた。変な影響を受けすぎているようだ。  眼下では相変わらず色の川が流れていた。ケーキを味わいつつ眺め続けても飽きないのが不思議だ。
 と、そこに一つ、黒が紛れ込んだ。他にも黒はあったが、でもそれは他とは違った。そう思う自分がちょっと悔しい。第一、早く来すぎだ。ペレグリーは雨で一つ前の予定が潰れたからだが、彼もまたそうなのだろうか。
「面白い本がありまして、読み更けて遅刻するより先に行って待ってようかと」
 ほらみろ。
 ペレグリーは少し不機嫌に香りの良いアイスティーをすすり上げた。目の前の相手はホットコーヒーを注文して、ペレグリーに向かってにこりと笑う。
 外はまだ雨が降っている。色の川は相変わらず流れ続けている。