うたかたの




 それは夢だった。
 私は何処かの街にいて、その通りを歩いていた。
 街に人のいる気配はない。
 私の前を女が歩いている。見たことのない女だった。
 髪はライトブロンドで、短く切りそろえられた襟足から褐色のうなじが見えている。年の頃はわからない。ただ私の行く先、そこをゆっくりと歩いている。
 あいかわらず街には人に気配がない。それなりの距離を歩いているはずだが、前を行く彼女は振り返ることなく、私もただついて行くより他にない。
「この街に人はいないのよ」
 改めてここがどこだろうと思った私の耳に、声が聞こえた。なるほどそう云われてみれば、建物の彼方此方にヒビが入り遠くに並び見えるものの一部は崩れていた。確かにここに人はいないだろう。そう思う。
 先を行く彼女は立ち止まりこちらを振り返っていた。意志の強うそうな青い瞳。赤く塗られた唇の端が少し持ち上がった。
「ちょうどこんな日だったわね」
 見ていなければ独り言になっただろう。
「なにがですか」
 私は聞き返した。
「知っているくせに」
 彼女は呆れた声でそう云った。そう云われると知っているような気がしてくる。だがそれ以上は思い出せない。ただこんな日だったように思える。もう少し行けば確かに分かるだろうと思う気もする。それが分かってはいけないような気もして私は周囲を見渡した。
 正直に彼女の後を追う必要はないが、足はなぜだか彼女の後を追い続ける。
「ここよ、この先の広場。エアポート、覚えているでしょう」
 彼女の声は急に聞こえた。
目の前に広がる空間は確かにエアポートのようだった。何百年も放置されたように、今まで見てきた街並みと同じく朽ち果ててしまっている。
「ね、ここだったわね」
「えぇ、ここでした」
 思わず私は答えてしまった。
「どうしたの?」
 彼女が振り返って問いかける。彼女を追いかけ動いていた私の足は止まってしまった。
「どうしたの、ジン」
 彼女は再び言葉を発した。
「ちょうどここだったでしょう」
 重ねて云われればそのように思えてくる。
 そうだちょうどここだった。何の変哲もないエアポートだ。いや、そうだ。間違いなくここなのだ。
 そして私は彼女を知っている。
「あなたが私を殺したのは」
 そう、目の前でペレグリーが炎に包まれるのを見たのは。
 私は息をするのも忘れて立ち尽くした。足はずっと前から動かない。
 すっかりと地面に植えられてしまっていた。