何事もなく




 八戒がソファでガイドブックを読んでいる後ろで、捲簾がフロアに胡坐をかいて釣具の手入れをしている。
「あ、いいなここ」
「どこ?」
 聞くだけで腰を上げることをしない捲簾に、八戒は体をよじって開いているページを見せる。
「あー、そこいいポイントがあるって聞いたわ」
「生で頂く岩ガキ最高ですよねー」
「え? もう時期じゃないだろ」
「今年は遅れているんですって」
「あ、そう」
「交通費半額セールもやってるしなぁ」
「それ抽選だろ? 確か」
「そういうのを当てるの得意ですから、僕」
「あ、うん」
 八戒は姿勢を元に戻し頁をめくる作業に戻る。
 温泉もいいなぁなどと呟きながら一通り読んで冊子を閉じると、再び後ろを振り向いて捲簾のつむじに呟いた。
「僕も仕掛け作ってみたいです」
「それは前回の所業を覚えていての台詞か!」
 以前、興味を示した八戒が作った仕掛けが何故か魚に大うけし、過去最高の成果を叩き出したことを捲簾は苦々しくはないけれども今でもどこか納得できずにいる。
 その後も二回作らせて見たがどちらのうけも八戒の方が良かった。
「当たり前です。そしてその表情が見たかったので言っただけです」
「くっそ、このやろう何様のつもりだよろしくおねがいしますはっかいさま!」
「え、本当に頼むんですか?」
「俺は釣り上げるまでの攻防が好きなんだよ。つまり魚がかからなければ始まらない」
「まぁそうですけど」
 それ以上の突っ込みはやめて、八戒は捲簾の隣に座るとその手元をまねる。
 出来上がった仕掛けを見た捲簾は、
「何でお前のほうが出来がいいんだ!」
 と過去三回そうだったように罵りながら箱に詰めた。



この二人はね、何事もなく日常送ってると思う。