面影はなし




 彼女は降下作戦からは外れていたので最初から分かってはいたけれど事実としてそれを知ったのはミルチアが消えてなくなってからだった。
 その後しばらく病院に監禁状態だったので実際に彼女の部屋に行けたのは更に後だ。
 当の昔に引き払われた宿舎の彼女の部屋。
 次の入居者がまだ決まらないようで入室出来たその部屋には何もなかった。
 踏み込んだ当時とほぼ変わらないのだと聞いた。
 思えば彼女の持ち物は少なかった。
 リビングのそばの壁紙にあった赤ワインの染みはすっかり綺麗にされている。
 激昂した彼女がグラスをぶちまけたときに出来た染みだ。
 あんなに怒った彼女を見たのはそれ一度きりだったが今となっては理由すら覚えていない。
 何故だか覚えている銘柄の赤ワインはどこで買ったものだったか。
 あの時来ていた服はクリーニングに出してどうしたのだったか。
 もはや思い出すら残さない部屋からゆっくりと立ち去った。