ガラス越しの夢




 浮いている。
 そう思った。
 浮いている。
 だがどこに。
 最後の記憶は検問所だ。徐々に失われる熱を抱きしめながら意識を失ったのだ。あそこに水なんてなかった。
 川にでも捨てられたのだろうか。
 とにかく、頬を撫でる水の温さが気持ち悪かった。
 眼を開けた。
 やはり水の中だった。液体は無色、に初めは見えたが何度か瞬くうちに黄色くなった。
 目の前にはガラスがある。手を伸ばして触ろうとしたが動かなかった。
 銃撃のシャワーを浴びたのだ、当然だろう。全身に力が入らなかった。
 ただ、そこに浮かんでいるだけだった。
 川の水にしてはずいぶんと温い。ここはどこなのだろうか。
 そこまで考えて、気付いた。
 何故、苦しくないのだろう。
 ここは水の中だ。水でなくても間違いなく何か液体の中だ。息が続くはずがない。
 何より呼吸をしていないのだ。何も吸っていなければ何も吐いていなかった。
 これはなんだ、どういうことだ。唯一動く目蓋が忙しなく閉じて開く。
 どこかで音が鳴った。液体を通して鈍くはなったが、どこかで何かを知らせるブザーが鳴っている。
 ガラスの向こうに見えるドアから人が現れた。白衣にマスクで顔が見えない。
 何人も何人も現れた白い人達が、周囲にある機械をそれぞれ弄っていく。
 そこで初めて、ガラスの向こうに部屋があることを知る。
 ここは、どこだ。
 疑問に思った。自分はどうなっている。
 不意に下から泡が湧いた。目の前を空気の粒が上へ昇っていく。
 同時に誰かが何かを動かして、光の加減が変わった。
 透明だったガラスが、鏡のように反射する。

 そこに映っていたのは、首が一つ浮いている様だった。

 叫ぼうとした口はただ大きく開いただけで音を出さない。
 信じられないと見開いた目は恐怖と嫌悪に染まっている。
 身体があるべき場所には首から繋がる糸のようなものが這っていて、ぼんやりと人体の形を作っていた。


 そこで彼、アルベルト・ハインリヒの夢は終わる。
 メンテナンス後に必ず見る夢に、彼が出来るのはベッドの上で小さくなることだけだ。
 上がった息と、グチャグチャになった頭の中を整える頃には夜が開けている。
 気力も体力もすっからかんになって、ただベッドの上に存在するだけになったハインリヒの脳内を、あの首だけのお化けがヒモを垂らしながら浮かんでいた。
 首は歌いながら飛んでいる。
「……だまってくれないか」
 それが夢でないことは充分に、知っているから。



九人全員多分自分の持ち物は脳だけだと思うけど、ハインリヒはその想いが人一倍ってか生体部品少なそうだもの。