兄の恋物語 5
会社からの帰りに、駅の地下にあるスーパーで買い物をする。今日は特売日なので、幸鷹からあれを買えだこれを買えだとメールでリストが送られてきた。これだけの量を持って歩いて帰るのかと考えるだけで憂鬱である。重さに伸びたビニール袋は手が痛いのだ。
「キャベツ、人参、玉ねぎ、ピーマン、エリンギ、納豆、牛乳……二本か」
カートにかごを二ついれ、店内をひいて回る。次々に埋まっていくかごに、気分は下っていく一方だ。せめて自転車で来ればよかったとつくづく思う。
七時が過ぎて、多少レジはすいていた。これが六時だと凄い騒ぎだ。それでも親に連れられた子どもが傍を走り回り、ローラーシューズなるものをはいた子が滑りまわる。小突きたい衝動を何とか押さえ、レジを通過する。量の割りに金額は優しい。さすが特売日。
「はぁ……」
軽く溜息をつきながらレジの向こうのカウンターにかごを二つ乗せる。と、ちょうど隣のレジからでてきた人が、私の隣にかごを置いた。
「…………」
「…………」
互いに顔を見合わせた。
そりゃ見合わせもしよう。
『君が』
「鷹通君の?」
「幸鷹君の?」
同じ顔、というか似た顔というのはあまり、こう、歓迎する気になれないのは、まぁ、一つの感想として許してもらおう。
彼は私と違ってストレート。長さは、少々向こうの方が長いだろうか。格好はTシャツにワイシャツを羽織っただけのラフな格好。軽すぎず重すぎず。それがとても良く似合う。ただし手元にあるのは私のかごと似たようなもので、徳用玉ねぎや長ネギやらだったが。
「自分に似た人間というのはいるもんだねぇ」
「全くだね。鷹通君を見た時も驚いたけれど…………」
「私は話を聞いただけなのだが、そんなに似ていたのかい?」
「私と君が似てるくらいには似ていたよ」
「それはそれは」
そう言えば鷹通君もこの駅なのだから、その兄とやら似合わなかった、もしくは今まで噂にならなかったのが不思議だと思うべきか。
「ずっとこの近くに?」
「三年ほど前からかな。いやぁ、それにしても初めて会った気がしないね」
と、彼は軽く笑いながら言った。
「君に丁寧に口を利かれると、何だか気持ち悪い気がするよ」
失礼な物言いだが私も同感だ。すでに互いに色々放棄している。
「話は互いに聞いているだろうが、一応ね。私は友雅。よろしく」
「こちらこそ。私は翡翠だ」
「……………」
差し出された手は一応握っておく。互いに大きく膨れ上がったビニール袋を持った格好であったのがなんとも間の抜けたことだ。
「会ったばかりで申し訳ないが、私は帰りを急いでいてね。早く帰らないと鷹通君そっくりだが可愛くない弟に怒られるので」
「友雅、君は歩きかい?」
「残念ながら。せめて自転車で来るべきだったよ。うっかりしていた」
「ならば送ろう。私は車だ。ついでに幸鷹君も見てみたい」
私はその言葉に甘えることにして、翡翠の車に乗り込んだ。どんな車かと思えば普通の軽。もう少し突拍子のない車に乗っていると思ったのに。そう言ったら、翡翠は貯金中だと笑った。
「そこを右、四軒目、あぁ、あの街灯のところだよ。ありがとう」
静かに止められた車から、ビニール袋を引っ張り出して玄関に向かう。翡翠はその後ろを付いて来た。手ぶらな彼にインターホンを押してもらう。中から声がして、四秒後にドアが開いた。
「ただいま」
「おかえりなさ、……? そちら、は?」
「いやぁ………これは、これは……」
「鷹通君のお兄さん、駅の地下で会ったんだ」
「初めまして、幸鷹君。私は翡翠という」
「初めまして。幸鷹です。そうですか、鷹通君の……」
彼の兄ということで、私たちは二人とも気を許した。そして私は、二人の声を背に聞きながら、漸くビニール袋を置き、手を抜いた。
「いつも鷹通が世話になっているね」
「いえ、そんな事はありません」
「それにしても…………まいったね」
だから。
「は? ………ぁっん」
振り返った先で幸鷹にキスしていた翡翠を、遠慮なく殴り飛ばした。
人の弟に何をするんだこの男は。
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