慟哭




 どうしようもないほどの破壊衝動に突き動かされ、夜中に目を覚ました。だがそれを素直に表せるほど理性を手放してはおらず、発散されないそれらが身体の中で暴れまわる。胸を押さえベッドの上で身体を折る。喉の奥から込み上げる何かを必死で飲み込み、息を整えようとするが出来ない。





 左脇腹の怪我はとうに治り、書ける限りの報告書を書き、汚れた愛刀の手入れもし、すっかりする事が無くなってしまった。早く軍へ戻り後始末をしなければならないはずなのに、許可が出る気配はない。周りは肉体的にも精神的にも傷付いたものばかりで、その中にあって自分は至って普通だった。それにとても違和感を覚えていた。特に何も異状はないのに何故自分はここにいるのか。
 傷付いていないというつもりはない。上司や恋人を失った事、親を失った事、どれも大きなストレスだろう。だがそれは自分だけではない。恋人にふられた人死に別れた人、親を事故で亡くした人殺された人、其々無数にいるだろう。自分一人が悲しみの底にいるわけでないと思えば、まだ生きていける。あの事件がどのように起こったのか知っている自分よりも、何も知らず日々を生き、知らないまま被害にあった人たちの方が余程辛いだろう。腕を無くし足を無くし、以前のような自分を無くし生きていく方が余程辛いだろう。そう思えばまだこの世で生きていける。手足があり意識があり自分が自分として在れるだけ何と幸福なことだろう。





 自分のそれが、何をしてあの子の苦しみに勝るというのだろう。










 これを吐き出してはいけないのだ。飲み込んで消化して身の内に入れて、決して外に吐き出してはいけないのだ。触れられるだけ幸せだ。踏みしめられるだけ幸せだ。想えるだけ幸せだ。


「……ぁっ」


 父さん、母さん、ごめんなさい。
 痛かったね。苦しかったね。
 間に合わなくてごめんなさい。
 助けられなくてごめんなさい。
 その最後も看取れなくてごめんなさい。
 その最後も覚えてなくてごめんなさい。
 何も出来なくてごめんなさい。


「……あぁ……」


 シオン、ごめん。
 怖かったね。悲しかったね。
 間に合わなくてごめん。
 助けられなくてごめん。
 その全てをお前一人に見せてごめん。
 その恐怖を共有できなくてごめん。
 何も出来なくてごめん。





「……っ!」
 それでも涙は出ないのかと、少し可笑しく、でもほっとした。



→ 「たまご」