1




僕に大切なものを思い出させてくれた人は、ひどく優しい目で僕の事を見た。
けれど、その目には何も映ってはいなかった。



単調な毎日がなんとめまぐるしい日々に変わった事か。
葉佩九龍と緋勇龍麻が来てから、天香學園の空気が変わった。
閉鎖された空間に特有のどこかどんよりとした気怠い空気が払われ、生き生きとした高校らしい空気が漂う。
緋勇がどこかで悲鳴を引き起こし、九龍がどこかで笑い声を巻き起こす。
何か楽しい事はないかと思いながら、でも結局のところ何も行動しないままに止まっていた時間が、流れ出す。
直接彼らと関わっていない人間にも何かが伝染するのか、このところ学園は妙に賑やかしい。
だが一部の人間にとってはそれだけではなかった。
朝起きて学校へ行って帰って夜寝る日々の営みの根本が、この二人の登場によって全く変わってしまったのだ。
取手鎌治も、変えられた一人だ。
九龍に「手伝いをさせてくれ」と言ったのは本心からだったが、まさか本当に手伝わせてもらえるとは思っていなかった。九龍がやっている事は非常に繊細な仕事で、取手がそこに交わるという事は、言ってみれば無知の徒が高級なピアノの調律に手を出すようなものである。自分のような人間が果たして関わって良いものか、不安に思っていた。おそらく、誘いはかからないだろうと踏んでいた。
それに九龍と並び立つ緋勇龍麻は、取手の目から見てもかなり腕が立つように見えた。実際、取手を不思議な力で<黒い砂>から呼び戻したのは、緋勇だった。九龍がサポーターとして取手を必要としているようには、思えなかった。
そんな取手の考えに反して、九龍はそのズブの素人連中を頻繁に遺跡へ連れてゆく。不公平がないように、均等に。相手の体調も気遣って、適度な間隔をあけて。
取手は、不可解な九龍の行動を注意深く観察した。
気づいた事は、連れてゆく人間によって九龍が闘い方や遺跡内での順路、作業を柔軟に変更しているということ。バディ(遺跡探索のサポーターをこう呼ぶのだと、九龍が言っていた)の組み合わせは先ほどの通り組み合わせていくので、その時々によって条件は変わっていく。その変幻する条件に合わせて、武器や戦法を変えていく。そう、それはまるで。

訓練、の、ような。