夜の海を渡る
「わぁ、本当にヒサシブリって感じだ…」
「何わけの分からない事言ってるんだい」
むき出しになった壬生の胸板を見てしみじみと呟く龍麻の頭を壬生がぺしりとはたいた。
二人共に上半身は裸で、投げ出された壬生の長い脚の上に猫背になって龍麻がへちゃりと座っている。二人が揺らぐと時折ベットのスプリングが軋んだ。
「いや…だってさぁ〜」
はたかれたところをさすりながら、龍麻は壬生の上半身をじっくり眺め回した。
「…恥ずかしいんだけど」
「なな、触っても良い?」
壬生の言う事なんぞおかまいなしである。
「…好きにしたら」
壬生の了解を頂いた龍麻は、ぺたりと掌を壬生の胸元に置いた。
そのまま心臓の音をしばらく楽しむと、今度は少しずつ下へずらし、見事に引き締まった腹筋をさすった。数回往復してから、脇腹へと手をすべらせ、また上へと辿っていく。胸の脇から再び中央へ。それから更に上へ進み、浮き出た鎖骨を何度もなぞる。それから鍛えられた腕をするりと撫でるとまた鎖骨を経由して胸の中央に戻る。
この動きを飽きる事なく何回も繰り返す。
手先指先の動きにはやましいところはなくただ本当に「確かめている」だけだったが、約半年ぶりになる感触に、知らずの内に壬生の息は上がっていた。
気がつくと龍麻の顔は肌に息がかかる程に近づいており、時折ぶつかる吐息に壬生の体が微かに震えた。頬が染まっていくのを自覚する。頭の中心が溶けるような感覚は、今まで何回も経験している。しかし二人なかなか会えない事もあっていつまで経っても慣れる事はなく、熱に侵され目眩を感じる。
不意に龍麻の掌が壬生の肌を離れ、別の所を包んだ。
「…っ」
深い紺色の冬用パジャマに覆われた下半身の一部が、不自然に膨らんでいる。龍麻はそこにそっと掌を置いた。愛撫するわけでなく、ただ軽く当てられただけで一気に体の熱がそこに集中した。
「熱くなってる」
「…る、さいよ」
憎まれ口を叩いたが、残念ながら勢いは全くなかった。心なしか声が震えている。こういう時、壬生は悔しくてたまらなくなる。乗せられた龍麻の手を振り払おうと右手を上げたらば、あっさりとそれは龍麻に掴まれそのまま押し倒された。
いきなり龍麻と密着する。さらさらとした肌同士がぴったりとくっついて、息苦しさが増した。
「くれは」
低く掠れた声で龍麻が壬生の名前を呼んだ。龍麻が名字ではなく下の名前を呼ぶ時は、欲情が龍麻を攫う時だ。パブロフの犬よろしく壬生の心拍数が急上昇した。これ以上心臓が鳴ったら死ぬんじゃないかと、壬生は考える。ヤらないで死んでも腹上死に分類されるのだろうかと思考を紛らわせようとしたら、龍麻に下半身を押し付けられて頭が一気にショートした。
「っあ…」
漏れた声の余りの女々しさに壬生はちょっと自分を殺したくなった。けれど、そんな余裕ももう少しでなくなる事を壬生は誰よりもよく知っていた。
「俺も、こんなに」
龍麻も息が上がっている。それを感じて壬生はちょっと笑った。まるで高校生同士の拙い初セックスのようだ。布越しにこすれ合うそこは燃えるように熱く固く、思わず腰を揺らして押し付けてしまう。
「あんなに、陰気喰ったのに。紅葉のせいだ」
濡れた目で壬生を見る。常のあっけらかんとした顔ではなく、どろりとした、どこか恐ろしいくらいの熱。
「…、う」
龍麻の顔が近づき、壬生の首筋を甘く咬んだ。固い筋肉に歯が食い込む。ぬらりとした舌の感触と、唇の柔らかさ。
龍麻にだったら、このまま肉を喰いちぎられても良い。そんな想像で熱が高まる自分は相当狂っているのだろうと思う。
歯で咬まれ、舌で舐められ、壬生の首筋が唾液で光る。少しずつ上にずれ、やがて耳に辿り着く。熱い息を吹きかけられ舐められ咬まれ舌を差し込まれる。
「っう、ぁあ、あ……」
逃れようと身を捩るが、龍麻の両腕が壬生の左右を固めて逃げられない。
「くれは………」
耳元で囁かれる。苦手だと分かっていて、龍麻はベットの上ではいつも耳元で名前を囁く。呼吸が震え、声が漏れる。
「ふぅ……ぅ、く…ぅ」
「くれは」
龍麻の大きな掌が壬生の両頬を包んだ。暖かな感触が顔中を撫でる。龍麻の手が触れて、初めて自分が汗をかいていた事に気がついた。
「ごめん」
「な…に?」
「我慢、できないわ」
言葉を返そうと口を開いた瞬間、龍麻に塞がれた。ぬめる舌が壬生の口内に侵入し、今までのゆるゆるとした愛撫とは比べ物にならないくらいに、激しい。
「…ッ、……っん、ぅ」
顔を背けるどころか息継ぎもままならない。片手であっさりと顎を掴まれ固定される。翻弄される壬生にはおかまいなしに、龍麻は片手で壬生が履いていたパジャマとパンツを引きずりおろした。自分自身も全裸になり、熱を持った下半身を今度は直接擦り付ける。
「っう、い……」
触れ合った瞬間の燃えるような感覚に、膝が笑う。少しでも自分を襲う熱情を遠ざけようと龍麻の肩を押すが、力は全然入らない。ささやかで可愛らしい抵抗はむしろ龍麻を熱くさせ、空いている片手が壬生の胸板を弄った。
「あっ、や…」
爪の先で乳首を引っ掻かれ、壬生は体を大きく捩った。その拍子に唇が外れると、龍麻は壬生を見下ろして笑った。おそらく、今まで壬生しか見た事がない、世界で一番凶悪な顔だ。
「ぁあ、や…た、つま…」
そんな顔にも反応してしまう自分が恨めしい。下半身のそれはこれ以上ないくらいに固く、先端がぬめっている事を自分でも感じる。
「ごめんな、止まんない」
全然悪いと思っていない笑みを浮かべると、龍麻はサイドボードの上の小さな箱を手に取った。乱暴に開封すると中からポンプ式のローションを取り出した。
とろりとした液体が龍麻の手に注がれ、指に絡められる。
「脚、開いて」
有無を言わせない口調に、おそるおそる脚を開く。
「腰も上げる」
首筋まで赤くなるのが分かった。
自分が恥ずかしがる事を龍麻が喜ぶ事を知っていて、それを癪に思っていて、でも逆らう事も出来なければ恥ずかしさを抑えきる事も出来ない。羞恥心に目をぎゅっとつむって、言われた通りに、教えられた通りに、大きく脚を開いて腰を浮かせる。
「こっち、見てよ」
低い声で囁かれれば、見ないわけにはいかない。おそるおそる目を開けば、大きく開かれた脚とその中央で固くなっている自分のペニスと、満足げに笑う龍麻が見えた。
「いいこ」
覆い被さるようにして龍麻が身を乗り出した。鼻先をぺろりと舐められる。咄嗟に目をつむると、龍麻が喉の奥で笑った。
「っわ」
ローションが絡んだ指が、後ろに触れた。どろっとしたそれを入り口付近に擦り込むと、すぐさま指が侵入してきた。
「っく…ぅ」
ぐいぐいと奥まで差し込まれる。いくらローションで濡れ、何度も慣らされているとはいえ性急な運びに不快感が先立つ。一本、奥まで入ったと思ったら、中で折り曲げられ広げられた。
「あ、や…ふ、う…」
ぐちゅぐちゅと濡れる音がする。卑猥な音に目眩を感じる。いつもの半分くらい慣らされた所で、ずるりと指が抜けた。
「すげ、こんなに糸引いてる」
指先に絡んだローションを龍麻が壬生の目の前に持ってきた。
「ばか…ッ」
それが先ほどまで自分の中に入っていたと思うと、恥ずかしさで死にそうだ。龍麻はそっぽを向く壬生を見て笑い、今度は自分のものにローションを垂らした。ゲル状のそれを何度か擦り付けると、龍麻は壬生の両足を掴んだ。思い切り左右に開き、持ち上げる。
「赤くて、ひくひくしてる」
「……ッ」
そこはもう不快感は感じておらず、むしろ早く欲しい、欲しいと熱くなる。壬生にとっても久方ぶりなのだ。
「濡れて、光ってるよ」
「る、さい…ッ!」
睨みつける壬生を、龍麻が見下ろす。
「欲しい?」
「う、るさい、よッ!」
「俺は、欲しいよ」
龍麻のそれがあてがわれ、押し開いた。
「あぁッ!」
仰け反り跳ねる壬生の体を押さえつけて、龍麻はペニスをねじ込んだ。
「ひっ、あ、ぁあ…!」
一気に奥まで満たされて壬生は呼吸もままならない。
裂かれるような痛みと、焼け付くような熱が壬生を拓く。
「っく…ふ、ぜんぶ、はいった」
腰を押し付け、龍麻が笑った。
きつく締め付けられ、龍麻の顔が歪む。それは痛みからでないことは、壬生と同じだ。龍麻は身体を折り曲げ、同様に眉間に皺を寄せる壬生に口づけた。
「っは、ぁ、っく…、ひ」
詰まる息を必死に吸い込むが、それでも十分に空気を吸えない。喘ぐ度に龍麻を自然と締め付ける事になり、龍麻も快楽に息を深くする。
「紅葉、紅葉…」
額に瞼に口付けを落としてゆく。多少呼吸が整ったのを見計らって、腰をわずかに引く。
「ッ!」
壬生の身体が跳ね、龍麻をきつく締め付ける。
熱に濡れた壬生の目を見て、龍麻が笑った。
腰を引き、戻す。痙攣する太ももを、撫でる。
「っあ、ぁたつ…ま…」
甘える様な声が出る。それを悔しい、と頭のどこかで思いながら、壬生の思考は緩やかに止まっていった。それとは反対に、龍麻の動きが激しくなる。
抜き差しの深さが次第に深まり、深く奥まだ引き裂かれる。前後する度に卑猥な音が響くが、もはや羞恥も感じない。
「っひ、ぃ…うっ、くぅ…ん」
全身を侵す熱の余りの熱さに、身を捩る。その度に結合部分が揺らぎ、熱は治まるどころか一層高まる。
「ぁあ、っも、ぉ…だ」
「綺麗だよ、紅葉。すごく…」
龍麻が一気に深く突き、奥を抉るように腰を押し付けて揺らす。深い所を執拗に攻められ、壬生の息が詰まる。
「っい!ぁあっ、くぅ…ひッ!」
細かく震えながら仰け反る。しどけなく両脚は開かれ、濡れたそこを龍麻に差し出す格好になる。腰がゆらゆらと揺れ、龍麻を誘う。
「っあ、も…はや、くぅ…」
散々煽られているというのに、もっと、と頭のどこかで思ってしまう。
ねっとりと自らを締めつけながら濡れた目で自分に縋る壬生を見て、龍麻は震えを感じた。もっと、狂わせたい。
「ひっ、いッ、ぁあ…っくぁあッ!」
腰を一気に引くと、壬生の弱い所を攻めた。
「っん、ぅう…っひ、ぃ」
龍麻がそこを擦る度に脊髄に電気が走る。頭の中が真っ白になって、熱がスパークする。涙でかすんで、前がよく見えない。唇を濡らしてキスをねだれば、貪るように与えられた。
「んふぅ…っう、んぅ」
互いの唾液が絡み合い、口の端から溢れて顎を濡らす。
「んぁあ、ッあ…も…ッ」
後ろの震えが徐々に細かくなっていく。それに合わせて龍麻の動きも浅く激しくなっていく。
「っひ、い…はぁあっ、あ、あッ!」
幾度か突かれた所で、壬生は白い飛沫を散らし、内奥に龍麻の熱を受けた。
「と、結局こうなるわけだね」
「…ス、スミマセン」
龍麻が買ってきた大量の花を目の前に、壬生は深々と溜め息をついた。
花瓶とか、ないし。
空き瓶を代わりにしようとしたが、先日の大掃除で全部捨ててしまっている。
龍麻の帰国予定(実際は出国すらしていなかったのだが)に合わせてやった徹底清掃が裏目に出てしまった。
「そうだ!風呂のよくそ…」
「却下」
風呂に入れなくなるだろーがと、壬生は恋人の阿呆さに改めて溜め息をついた。
「ま、いいけどね」
こんな馬鹿と付き合えるのなんて、僕くらいしか、いないだろうし。ね。