重なる -2-




新宿での邂逅を、壬生はあっさりと忘れていた。十日程してから再び新宿に用事があって出向いた時にも、それは壬生の脳裏を掠めすらしなかった。
その日は日曜日で、新宿はいつもに増して人が溢れ、一種異様な熱気に包まれていた。
新しい標的の身辺調査の一貫として人混みにまみれて標的の行動を朝から追っていた壬生は、昼過ぎに別の生徒と交代した。
拳武館が行っている仕事の大半は、こうした地味な仕事だった。依頼を受けたら、まず依頼内容に相違がないか徹底的に調査を行う。それが完了したら今度は更に事細かに調査し、網を張り、退路を断ち、最後の一石を投げ入れる。
「暗殺」とは、単に人を物理的に破壊するというだけではない。精神的な破壊もあれば社会的な破壊もある。どれが一番効果的か鳴瀧が判断し、その判断に基づいて、壬生達が動く。
今回は依頼内容に誤りや誇張がないかを確認するための初期調査だった。特別変わった事もなく時間が過ぎ、昼過ぎに交代した後には完全に暇になっていた。腹は空いていたが近辺の店に入る気にもなれず、せっかく新宿の来たのだしと紀伊国屋まで脚を伸ばした。
休日とあって混みあう店内を、壬生は器用に歩いてゆき、目当ての書架まで辿り着いた。
静かな心持ちで海外小説の書架をゆっくり一周した後、最近気に入りの作家の本を数冊手に取ると、壬生はそのままレジに向かった。購入したばかりの本がブックカバーに包まれてゆく様を見ながら、昼はマックにしようかそれともコンビニで済まそうかと、壬生はぼんやり考えていた。
本をぶら下げて、どうせだからと新宿御苑に向かって歩いて行く。が、御苑の前に来た途端にその中の休日らしい喧噪が感じ取られて、入る気が失せてしまった。
いっそこのまま帰ってしまおうかとも思ったが、ふと近くに小さな公園がある事を思い出して壬生はそちらに脚を向けた。
途中のコンビニでお握りを三つとペットボトルのお茶を買うと、壬生はこぢんまりとしたその公園に入った。御苑とは異なり人気はあまりない。もともと周辺住民が道代わりに利用するような公園である。大きな通りからも離れていて、新宿の喧噪が遠い。
池近くのベンチを選んで壬生は腰掛けた。遅めの昼食を摂り終えると、購入したばかりの本を壬生はそっと開いた。
新しい紙の匂いを一瞬深く吸い込んでから、壬生は丁寧に一ページ目をめくった。
二十ページ程読み進めたところで壬生はふと顔を上げた。顔を上げた先の視線とぶつかる。
「な………」
口をポカンと開けてこちらを見ていたのは、あの日の少年だった。