重なる -3-




緋勇龍麻は自分の不運を呪っていた。
我と我が身を呪うのはこれが初めてではないが、その日は盛大に呪っていた。
夜中に急に甘い物が食べたくなって近くのコンビニに買いにいったら、肌を刺す空気があまりにも気持ちよくついそのままふらふらと散歩なんぞに出掛けてしまった。それがそもそもの失敗である。
昼の新宿はその騒々しさと煩雑さで龍麻の存在をかき消してくれる。が、夜のそれも人気の乏しくなった新宿は、逆である。夜の闇は龍麻の存在を浮かび上がらせる。昼の間に蓄積した様々な人の念が、昇華される事を願って龍麻めがけて襲いかかってくる。
それは新宿に住む事になってから同居の師匠である紫郎に繰り返し注意されてきた事である。龍麻がこれから住むのは今まで住んでいたような田舎とは違う。確かに龍麻という特異な存在を誤摩化してはくれるが、しかしそれの裏側を決して忘れてはいけない、と。
しかし生来夜の空気が好きで堪らない龍麻は、ついその忠告を忘れてしまったのだ。しかも暑い季節が終わって、これから自分が大好きなキンキン冷える冬がやってくるのだと思うといてもたってもいれなくなり、ふらふらと中央公園くんだりまで脚を伸ばしてしまったのだ。
不覚だった、と思った時はもう遅かった。龍麻は周囲を異形のもの達に完全に囲まれていた。
こういった輩とやり合うのは始めではなかったため恐怖感はなかった。しかしその数を見て、五体満足に帰れるかは甚だ疑問だと、自分の軽率さに驚き呆れた。多少の怪我などは構わないが、万が一大けがでもして病院に担ぎ込まれたらとんでもないことになる。龍麻がかかれる医者は、実家の主治医と新宿桜ヶ丘の女医の二人だけだった。それ以外の人間に、この身体を晒すわけにはいかない。
拳に気を乗せて放つ。
体格の問題で筋力は人並みな龍麻だったが、天性の才の御陰で強力な気を操る事が出来た。また重くはないが放たれる拳は鋭く、異形の胸元を深く抉った。何体かを吹き飛ばしつつ葬ったが、いかんせん数が数である。自分のスタミナが切れるのが先か、敵を倒すのが先か、龍麻が一瞬暗い考えに囚われた瞬間に、後ろに気の気配を感じた。咄嗟に振り返ろうとするが、その時龍麻は既に目の前の一体に向かって拳を放っていた。間に合わない、そう覚悟してせめの防御と全身の気を高めようとした時、異形と異なる気配が龍麻の背後に現れた。異形をするりと躱して現れた「それ」は、異形が放った気を容易く切り裂くと、そのまま正面の異形を蹴り飛ばした。
驚いて振り返りかけた目に飛び込んで来たのはやや見上げるくらいの学生服の男で、龍麻は増々呆気にとられた。まさか自分と同じ高校生で異形と軽々渡り合える人間がいるとは思っていなかったからだ。
しかしその少年から感じられる気配は決して嫌悪感を覚えるものではなかったし、少なくとも今龍麻の危機を救ってくれたのだからと気を取り直し、目の間の危険を回避する事を龍麻は選んだ。
それにしても数が多かった。
狙われる事はしょっちゅうだったが、ここまでの数に襲われる事はなかった。おそらく何かの要因が重なったのだろう。が、龍麻にはそこまで考えを及ばせる余裕はなかった。
最後の方は精根尽き果て、とりあえず男の方に吹き飛ばして始末させた。龍麻が吹き飛ばした時点で相当ダメージを与えている筈だから、たとえ男が龍麻程の使い手でなくともとどめを刺せると判断したからであった。
そして龍麻の判断は正しく、男は容易く異形を始末してくれた。
ようやく倒し終わった瞬間、龍麻の全身から力が抜けていき、目の前が暗くなった。

目が覚めるとベンチの上だった。ポケットに入っていた携帯電話を引っ張りだして確認すると、闘い終わってから30分といったところか。
起き上がろうとして、龍麻は自分に被せられた制服に気がついた。おそらくあの男の物だろう。
そしてその制服を見て龍麻は合点がいった。
拳武館の制服。
なるほど異形達の妙な数の多さは、これか。龍麻は納得した。
納得すると共に妙に腹が立ってきて、制服を握りしめて乱暴にベンチに叩き付けた。
忌々しい気持ちでそれを睨みつけてから、深い溜め息を吐き出す。龍麻は今度後見人に会う時に押し付ければ良いか、などと考えながら、仕方なさそうにその制服を引っ掴んで家路に付いた。
心地よかった秋の夜風は、すでに寒気を感じる程にまでなっていた。